要点
- 審判の判定に従うことが野球の大原則。審判の瞬時の判定を尊重する。
- ビデオ判定の導入は不可能。物理的理由とルール上の理由。
- 判定ミスはあるでしょうが、それも野球のひとつの要素。
- ミスは技術の問題。判定に際して特定の球団への贔屓など無い。選手と同様に、審判も常に一定の技術を求められる厳しい世界に身を置いているから。そこにそのような贔屓が入る余地は無い。
- 特定の球団を贔屓しているかのような中傷を公の場ですることは、エラーをおかした選手に八百長でもしているかのごとく中傷することと同様に、常に技術の向上を目指している審判に対して失礼なこと。
- ですから、筆者はそのような中傷に対して賛同することはできません。
審判の瞬時の判定を尊重します
フィールド上でのプレーを近い位置で公平な立場で瞬時に判定しているのが審判。その判定を尊重してはじめて野球という競技が成り立つのだと考えています。客席やテレビなどで観ていて、審判の判定に疑問を感じることもありますが、それを受け入れなければそもそも野球が成り立ちません。
ビデオを導入? 不可能です
よく、審判の判定に「物言い」がついたときは、ビデオを使用して判定してはどうかという意見を聞くことがあります。しかし、フィールド上のすべてのプレーを全部カバーするには何台のビデオカメラが必要なのでしょうか。野手が地上すれすれでボールをキャッチしたかどうかの判定にはフィールドの高さにビデオカメラが必要ですね。塁上でのアウト、セーフの判定には4つの塁上を全角度から撮影できるカメラが必要です。さらに塁間に挟まれた走者がタッチされたかどうかの判定がビデオカメラではわからないのは、テレビでのリプレーを観ているとよくわかる話と思います。
仮に百歩譲ってビデオ判定を導入したとしましょう。物言いがついて、抗議が認められた場合(たとえばアウト、セーフがひっくり返った場合)、どうやってプレーを再開するのでしょう。ボールインプレーの途中からプレーを再開することができないのが野球の特徴です。ですから、審判には瞬時の判定が要求され、プレーする側、観戦する側はそれを受け入れるしかないと思うのです。
判定ミス? それはあるかもしれません
たしかにスタンドやテレビで観ていて、判定に疑問を持つことはあります。「あのプレーがセーフなら勝っていたかも・・・」なんていうこともあるでしょう。実際に筆者自身もそういう経験はあります。人間の判断ですからミスもありえます。しかし、繰り返しですが、野球には瞬時の判定が必要です。その瞬時に下した判定にしたがってプレーしなければならない競技なのです。
贔屓? それは無いでしょう
そのような判定ミスに対して、特定のチームへの贔屓なのではないかと考える人もいるようです。しかしそれは無いと思っています。そのような瞬時の判定に際して、そのような思考が入る余地があるでしょうか。わたしはあり得ないと思います。
もし、ミスと思える判定があるとしても、それは技術的なミスなのだと思います。選手がエラーをおかすのと同様に、審判にもミスはあるでしょう。しかし、それは技術的なミスであり、選手が技術的なミスを防ごうと練習を重ねるのと同様に、審判も一定の技術を求められる世界で技術の向上を目指しているはずです。選手がプレー中のミスに対して反省するのと同様、審判も判定ミスに対しては反省しているはずです。
だいたい、筆者自身を含めて、ファンというものは贔屓球団に不利な判定はよく覚えていても、ラッキーと思える判定についてはすぐに忘れてしまうものです。相手チームのファンから見てもそれは同様なのです。
さらに言えば、「判定ミス」を贔屓であるがごとく中傷することは、技術の向上を目指している人たちにとって非常に失礼なことと思います。エラーを犯した選手に対して、相手チームの勝利を狙った八百長ではないか、などの疑惑を持つ人はいないと思いますし、そのような中傷が選手に対して非常に失礼なことだということは誰でも理解できるはずです。それなのに審判に対してだけは平気でこのような中傷をする神経が理解できません。
まとめ
- ですから、筆者に対してそのような中傷に同意を求められても、賛同することはありません。
- 過去に筆者が書いたWEB、BBS等の内容と矛盾するものがあるかもしれませんが、現在の考え方を書いたものですのでご了承下さい。
- 筆者の考え方を書いたものであり、この考え方を他の人に強制するものではありません。