かすみがうらマラソンに参加しました。この大会には4回目のエントリーで2回目の出走になります。1回目のエントリーは2011年でしたが震災の影響で中止。2012年、2回目のエントリーで出走。途中で体調不良を起こし5時間を大きく超えるワーストレベルの記録。2017年は3回目のエントリーでしたが、1週間前に肋骨を骨折してDNS。そして今回、春の目標レースに設定して、このレースをめがけて年明けから調整してきたつもりでした。しかし・・・
大会2週間前の3月31日、20km走の途中で足の力が抜けて「ひざかっくん」になりそうな違和感。転ぶかと思いましたが何とか立て直しました。そこまでキロ5分20~30秒ペースで快調に走っていたところ失速し、キロ6分程度になってしまう。その日は原因不明のまま。翌日10km走を試みるが、全身に痛みを感じ(というより故障箇所を特定できず)、満足に走れない。キロ7分程度。中1日あけた4月3日(火)、7km走を試みるが、全身の違和感は続く。キロ6分半が限界。どうやら違和感や痛みの原因がハムストリングスの痛みであることがわかってきました。少し落ち着いてきたのでしょう。痛みのレベルとしては5年以上前に軽い肉離れと診断されたときと同じか、やや辛いレベル。発症時に「全身の痛み・違和感」になったのは、ハムの異常を支える体幹が耐えきれなくなったためなのでしょう。
一週間走るのをやめて翌週の10日(火)再び5km走を試みる。キロ6分半であれば何とか走れそうな感じ。さらに12日(木)、少しスピードを上げ5分40秒ペースで走ってみるが8kmで力が入らなくなり失速。ちょっとフルマラソンを走るには厳しそうな状況です。そして大会前日の14日(土)、最終確認のため軽く5kmを走ってみる。キロ5分40秒。5kmなら何とかなりそうだが、42km走れる気はしない。これよりゆっくり走るのならば何とかなるかも。ということで、レースはキロ6分10秒くらいのペースで4時間半を目指すことにしました。これで入れば、終盤に脚が厳しくなって失速しても5時間には収まるでしょう。
というわけで、もう「目標レース」とか言っている状況ではなくなりました。茨城は個人的許容ラインを超えている4県のひとつなので、許容範囲のタイムで完走を目指すだけです。
ということでレース当日。早朝に横浜の自宅を出発。天気は雨。品川に向かう京急線の車窓も雨。品川から乗った常磐線の車窓も雨。少し小降りになったような気がしたが土浦に到着しても雨。今回、自宅にいるうちに両脚の腿裏側に念入りにテーピングをほどこしました。にわか勉強な措置ですが、筋肉の動きを抑えて痛みを軽減する効果があるものと思いたいので。品川の駅内コンビニで朝食を調達。常磐線内で食べる。おにぎり2個と和菓子ひとつ。ちょっと少なかったかもしれません。
土浦駅構内でトイレと最終的な着替え(上着を脱いでポーチに必要なジェルなどを詰め込む)を済ませ準備完了。服装には迷いましたが、長袖シャツの上にザスパクサツ群馬のレプリカユニフォーム。J2復帰を目指して応援の意味で走ります。この上に100円ショップで購入しておいた雨合羽を着て、会場へ。駅から徒歩で5分程度。ただし会場内の案内が不足していて、荷物預けの場所が不明確。6年前はどうしたんだっけ。コインロッカー利用だっただろうか。
案の定、荷物預けの会場は足元がぬかるんでいる。最終的に長蛇の列になったようなので、早めに到着して荷物を預けて正解。手ぶらになったうえで雨合羽を着て時間を待ちます。スタート20分前くらいに同行者といったん離れ、スタートブロックへ移動。同行者はイベントブースへ。念押しのトイレに立ち寄り後、指定のDブロックへ。既に始まっている開会イベント、MCはケチャップ。仕事多いですね。ただし、今大会ではちょっとすべっていたかな? いつも山中湖ではいい感じですし、味スタも良かったのですけどね。茨城はフィットしないのでしょうか。ここでいったん別行動にした同行者が再合流。幸いなことに雨がほぼあがったので雨合羽を脱いで、同行者に渡して処分してもらいました。合流してくれて助かった。
10時、予定通りに号砲。スタートライン通過は4分15秒。MCのケチャップほか、ゲストランナーの有森裕子さんらが壇上に並ぶ。みんなここで足を止めるので渋滞してしまう。まあ仕方ないか。先に書いたとおり、今回の目標は1kmあたり6分10秒くらい。意識して抑えるようにしてスタートしました。
5kmラップは35分台(ネットで31分台)。まあ想定通り。テーピングのおかげか、スピードを抑えている効果か、脚の痛みは気になるほどではない。ただ、これ以上スピードを上げると悲鳴を上げることになりそうなので、慎重に。このあたりで激しく汗をかき始めました。同時に花粉症の症状も。湿度高いのに。もしかして、これは花粉ではないのかもしれません。
7km付近で筆者と同じくザスパユニを着たランナーが目の前に現れました。おそらく筆者のウェアを見て前に来てくれたのでしょう。声をかけたところ「完走すれば今日の藤枝戦、勝ちますよね。がんばりましょう!」という力強い一言をいただきました。ありがとうございます。力になったと共に、完走せざるを得なくなりました。今日は絶対に勝って欲しいので。
10kmラップは引き続き31分台。何とかふんばっている状況。このペースを維持することが目標。引き続き痛みはほぼ無し。このペースを維持できれば大丈夫かと、この時点では思っていました。
15kmラップは32分台。少し遅くなりました。この5kmのなかでも徐々に失速してきている感じがしています。脚は痛いわけではないのですが、脚が前に出にくい。テーピングが脚を止めているのかもしれません。まあ、正しく機能しているような気もします。
20kmラップは34分台。さっきより明確に遅くなりました。給水ポイントでは歩きながら飲んでいるので、その時間の分だけ遅くなっているのもあります。このあたりは高低図や見た目ではフラットなコース設定ですが、実際には小刻みに小さなアップダウンが続いている印象です。少しずつ脚に負担がかかっている気がします。もう目標タイムに遠くなっています。4時間半のペースランナーに抜かれました。
25kmラップも34分台だが、35分に近い34分台。やはり徐々に失速している。途中、20メートルくらい下る坂があったはずだが、スピードは落ちる一方。大分トリニータのユニフォームを着たランナーをみかけたので声をかけてみました。しばし並走させていただき、ザスパが1年でJ2へ戻れるよう応援をいただきました。ありがとうございます。そうありたいものです。
30kmラップは35分台に突入しました。引き続き長期低落傾向。DNFも覚悟して参加していますので、どこで走るのをやめようかというのも判断の中に入ってきました。脚が前にでなくて、走り続けることが苦しい。27km付近から、スタート時点でいったんはあがった雨が再び降り始めました。鼻水対策で小型タオルを持って走っていたのですが、雨のしずくを拭くのにも役立ちました。
35kmラップは35分台後半に。脚は、給水のたびに再加速が辛い状況。かなりきついので、35kmを過ぎたらいったん休もうと決断して、何とか35kmまで脚を動かし続けました。
35kmを過ぎたところでいったんランは休止。数分の間、歩きを入れて脚の状況の改善を図りました。歩いているうちに何とかなるような気もしてきたので、再開。時々休みを入れると何とかなりそうなので、5分走行、1分歩行のインターバルで走ることに決めました。これなら何とかなりそうです。
橋の上に「ロッキーおじさん」が登場。何かで読んだことがあるような気がしていました。茨城県内をはじめ首都圏のマラソン大会に現れる方で、ロッキーのテーマを流してランナーを力づけていらっしゃいます。後日のニュースなどを見ると、いったんは引退されたはずだそうですが、今回のレースが「嵐」なので特別に現れたそうです。ありがとうございます。
40kmラップは38分台に。歩きを入れているのだから当然の低落でしょう。当初目標には届きませんが、5時間は切るめどが立ちました。M高史さんが目の不自由なランナーに伴走して現れ、追い抜かされました。速いなあ(自分が失速しているだけですが)。
応援の方々が増えるなかを歩きと走りを混ぜながらゴールに向かいます。6年前の記憶はあるような無いような。6年前は体調不良で苦しみながらゴールでしたが、今回はちょっと違った不調に耐えながらゴールを目指します。やっぱりこのレースは鬼門でしょう。
結局グロスで4時間50分を超える(ネットでは40分台)記録でゴール。スタート前から予想できたこととはいえ、辛い厳しいレースでした。脚が痛いというより、前進する力が出てこない状況でした。とはいえ、何とか自分のなかでの許容ラインはクリア。茨城県を無事クリアして47都道府県のなかでリベンジ対象は「あと3県」になりました。
レース後はテントの更衣室で着替えをすませ、土浦城へ。今月はじまったばかりの「続100名城スタンプラリー」のスタンプを求めて訪問です。土浦駅から徒歩15分程度だと思います。脚がいつも以上に重く感じる状況でしたが何とか耐えられました。
ということで今回のレースを経て、秋に向けて課題ができました。フォームを固め、体幹を鍛え直す必要がありそうです。追加して、体重ももう少し減らす必要がありそうです。