毎年恒例のあかぎ大沼・白樺マラソンに参加してきました。20kmの部です。昨年は肉離れを発症しかけた状態で参加して、不本意な結果に終わりました。この大会以降、徐々に肉離れが悪化していき、最終的に半年にわたって痛みを抱えることになったのでした。
今年はそれより体調は遥かに良い状態だったのですが、8月中旬に夏風邪をひいてしまい、練習の回数も距離も踏めていません。前の週に走った(一部歩いた)火祭りレースの10kmが8月の最長距離という状態です。結局、昨年と同じくらいに不安だらけの状態で参加することになりました。目標は昨年のタイムより速く走ることに設定しました。
今回も昨年と同様に、同行家族はシャトルバスに乗ることができず、同行者は路線バスを利用することになりました。昨年は5kmの部にダミーでエントリーしてバスだけ利用したのですが、今年はそれを実行する前にエントリーが締め切られてしまいました。
前橋駅前から発車するシャトルバスではなぜだか補助席に押し込まれてしまいました。他のひとは悠々と普通の席に座っているのに、筆者を含む4~5人くらいだけです。会場までの移動は苦痛を伴うものになってしまいました。筆者の次の人からは次のバスに案内されていましたので、普通の座席に座れたはずです。筆者が乗ったバスの補助席はまだ空いていました。こうなった理由を聞きたいところです。
8時半頃には赤城少年自然の家に到着しました。最終的な準備を済ませ、荷物を所定の場所に預け、スタート会場へ向かいます。気温は平地より低いものの、湿度が高い状態でした。
開会式をやり過ごすように脇目で見ていましたが、残念ながら小川晶市長は来場していませんでした。当日は別イベントに顔を出されていたようです。
午前9時半、予定通り20kmの部がスタートしました。1周5kmの周回を4周するコース設定になっています。まずは1周目です。比較的スムーズに入れたと思います。スタート直後の軽い下りから大きく下る1km地点。1km目のラップは6分強。下り坂は落ち着いて走ることを心がけていたので、想定通りでした。赤城神社から始まる上り坂を当サイトでは「赤坂」と呼称しています。赤坂を上る途中、2kmのラップは6分17秒と少しタイムを落としました。下り坂を含む3kmは6分強に戻して、青木旅館に向かう湖畔沿いの道を進んでいきます。ここは水たまりが多く平坦ながら走りにくい区間でした。青木旅館に始まる上り坂(青坂と呼びます)を上る途中が4km地点。少しタイムを落としたものの、ほぼフラットは4~5kmの区間は再び6分強に戻しました。1周目は31分台でした。このラップは昨年より速く、この状態が続けば目標を達成できるかとこの時点では思いましたが……。
しかし、2周目に入ると徐々にボディブローが効くように動きが悪くなり始めました。赤坂を含む7km地点でラップが7分08秒に落ち込むと、そこからは激坂区間だけでなく、フラットな区間でも脚の動きが戻ってきません。青坂を含む9kmのラップやラストの10kmのラップはいずれも7分を超えました。2周目は35分くらいかかってしまいました。
昨年は2周目で少し体が安定したため3周目の方が速かったのですが、今年はそうはいかない状況に陥りました。13kmを除いて全てのラップが7分台。13kmも6分台とはいえほぼ7分。周回のラップは36分台に落ち込みました。
そして4周目に突入する頃にはもう体全体が悲鳴を上げている状態でした。4周目に入るところで関門があり、これは通過したのですがその先はゴールに向けてゆっくりと進むことしかできなくなりました。踏ん張りどころではあるのですが、踏みとどまることができず、ズルズルと時間だけが延びていく感じでした。18km、19kmのラップは7分台後半に落ち込みました。そして少年自然の家の前に出て、最後の軽い下り坂へ。「ここで終わりではない」と気持ちを切り替え、ラスト100mは5分58秒ペースまで上げていたようです。メイン会場の大沼湖畔のゴールに何とか到着しました。
記録は 2時間21分台で、昨年より17秒遅いタイムでした。ほぼ誤差の範囲と言えますが、それでも昨年の記録に届かなかったのはショックでもあります。昨年のように8分台のラップが無かっただけ、まだ良かったのかもしれませんが、それは気休めです。
6月の奈良ウルトラ、磐梯山ウルトラ、7月のキャベツマラソン、富士登山競走、8月の火祭りロードレース、そして今回の赤城大沼と坂シリーズを続けてきました。心肺と足腰にはこれ以上ない極上の刺激が入ったはずですが、効果はどうだったでしょうか?
この体たらくが続くと関門アウトや制限時間アウトが視野に入ってきます。来年あたりは体調次第ですが10kmの部に下方修正するかもしれません。