奥熊野いだ天ウルトラマラソンに参加しました。和歌山県の大会に参加するのは2017年に参加した紀州口熊野マラソン以来2回目です。65kmの部にエントリーしたので、完走できればフルマラソンの距離を上回り、47都道府県フルマラソン(以上)の2周目にカウントできます。
前日に新幹線と特急を乗り継いで新宮に到着しました。約6時間かかりました。やはり遠い……。明るい時間は新宮城を訪城するなどして過ごし、予約したホテルにチェックイン。夜はホテル近くのスーパーで購入した食事で軽く済ませました。新宮に到着してすぐに食べた喫茶店のランチが予想外のボリュームで、夜にあまり食べられなかったのです。これが吉とでるかどうか。
寝る前に翌日の準備です。着る予定のTシャツにビブスを装着しました。この大会ではゴール行きの荷物と途中41キロ地点のエイドで受け取れる荷物をそれぞれ預けられます。この荷物も前日のうちに仕分けておきます。41キロ行きの袋には換えのバフ、モバイルバッテリー、ヘッドランプ、ジェルと経口保水パウダーの追加分を入れました。ヘッドランプはゴールが遅くなって暗い時間になりそうな場合に備えたものです。使用しない可能性もあります。ゴール行きには着替えとタオルなどレース後にホテルに戻る際に使用するものを入れました。今回は後泊するのでホテルに戻ってきます。41kmで荷物を取り出した袋が手もとに帰ってくるのかどうかこの時点では不明だったので、持って走れる量を意識して準備していました。41kmで荷物を受け取った際に袋はゴールで帰ってくることがわかりました。前半で不要になった荷物は袋に入れて再び預けることができました。この点について、事前の情報が不十分でした。
当日朝は4時半に起床して、最終的な準備を整えました。雨の心配はないとされていましたが、雲が多いような気がしたので念のため100円ショップのポンチョを持参しました。
服装はTシャツ、短パン、バフ、手袋という装いです。バフと手袋は暑くなったらポケットに入れます。所持品は経口補水パウダー、ジェル、スマホ、携帯ボトルなどです。リュックは邪魔になりそうだったので短パンの腰回りに入れました(それができる短パンにしました)。携帯ボトルは焼酎ワンカップの再利用です。リュックも検討しましたが、季節的に腰回りで完結すると判断しました。
朝6時、大会の送迎車に乗りました。会場は新宮市に隣接する那智勝浦町ですが、宿泊地としては新宮市内を選びました。送迎車は新宮市内のホテルを巡回してきたようで、既に多くのランナーさんたちが乗車してました。さらに一軒のホテルでランナーさんを乗せ、まずは那智の滝に向かいます。事前に護摩札が送付されてきていて、ここに祈願内容を書いて持参しました。筆者の願いは「世界征服」。嘘です。「世界平和」「家内安全」「完走」です。控えめな祈願です。那智の滝の圧倒的な神秘性にパワーをいただきました。ちなみに瀧に降りる階段の手前に測定マットがあり、ここを通過することで当日の出走確認になったようです。
100kmの部は那智の滝からスタートだったようですが、筆者たちは再びバスに乗ってスタート地点へ移動しました。スタート地点は県道45号線の西中野川トンネルの北側になります。道路の東側にちょっとした広場があり、そこにテントや仮設トイレなどが準備されていました。
バスを降りて2種類の荷物を預け、トイレに立ち寄り、これで準備完了です。前日の食べ過ぎの影響が朝にも残っていて、朝食はパン1個しか食べられなかったのが不安なところでした。足りないエネルギーはエイドの食品やジェルでなんとかするしかないでしょう。
予定通り8時15分にスタートしました。まずは距離調整のため、200メートルくらいの折り返しを走ります。それが終わると本格的な旅のスタートです。65kmの部は、最初から上り坂でスタートしますが、緩やかな上りなのでここは走りました。といってもキロ7分弱くらいのラップでゆっくりとですが。
この大会はアップダウンが激しいことがわかっているので、無理は禁物です。厳しい上り坂では歩くことに心を決めていました。1kmあたり10分のラップで進むと計算上は関門ギリギリでゴールできるのですが、それだとやや心許ないので9分のラップを基準と考えて、できる限り貯金を作っていくのを目安にしました。序盤のペースで行くと1kmごとに2分くらいの貯金を作っていることになります。ただしエイドで長居すると貯金を切り崩してしまうので要注意でもあります。
だいたい6kmくらいまでは手元GPSウォッチの計測で6分半から7分台前半のラップで走れました。ずっと上っていましたが、まだ序盤であることもあり普通に走れていました。1kmごとに2分くらいの貯金を作ってきたことになります。
最初のエイド(熊瀬川=4.5km)を過ぎて、距離的には5kmを過ぎたあたりで少し細い道に入り、ここから上り坂が急になってきました。本格的な山道が始まります。山道といってもクルマが通れる道路で、非舗装のトレイルコースではありません。ただ坂やカーブが続くだけです。このあたりからは急な坂では歩いたりして、無理のないように心がけました。歩いた区間があるのでラップタイムは9分台だったりする区間もありました。少しだけ貯金を切り崩していることになります。また、10km手前くらいにエイド(田垣内三差路=9.4km)があり、ここは若干長居したため、12分台のラップになりました。貯金を大きく消費してしまいました。でも必要な補給なので仕方ありません。ちなみにエイドにはひっそりと冷えたビールも置いてありました。まだ50km以上残っているのにこれを飲むわけにはいきません(笑)。10kmの累積時間は1時間20分ほどでした。
10kmから15kmの間は一転して下り坂になります。10kmまで300mくらい上ったのに対して5kmの区間で250mくらい下ります。これは結構急な下り坂で、転倒や対向車などに注意して走る必要がありました。交通規制はかけられていないので、数は少ないもののクルマは普通に通ります。この5kmの区間は6分台から7分台前半のラップタイムに戻りました。1キロ9分の基準に対しては大きく貯金をすることができました。ただしエイドのある区間(口色川三差路=13.1km)では8分に近いラップもありました。15kmの累積時間は1時間54分でした。
15km手前くらいからは少しだけ下り坂を挟むものの、基本的に上り区間になります。エイド(円満地公園=15.9km)にはヤギが繋がれていました。名前はユウコさんだそうです。そして上り坂の途中には坂の頂上までの距離が表示されていたりします。あと1km耐えれば頂上と読むか、頂上までまだ1kmも進まなければならないと読むか、心理状態にもよると思います。筆者は後者でした。18kmくらいの地点にはジェットコースターを思わせるような急なまっすぐな坂道がありました。ここにも看板が出ていて、「ようこそ つかの間の 富士急ハイランド ナガシマスパーランド へ」とありました。ここは全く歯が立たず、全部歩きました(笑)。まわりのランナーさんも同様だったと思います。20kmの累積時間は2時間41分でした。この5kmは上り坂ばかりなのでかなり歩きました。
21kmを過ぎたところで平野バス停のエイド(21.2km)に着きました。この先には片道2.5kmの往復区間があるので、ひとつの区切りになっています。80kmの部や100kmの部の参加者はショートカットを申告するポイントでもあります。65kmの部の筆者はショートカットは関係ないので、エイドでヨーグルトをいただいて、すぐに往復コースに向かいました。この往復コースの折り返し点が「カイロスロケット」と言われている地点です。衛星打ち上げロケットであるカイロスは和歌山県の串本町と那智勝浦町が打ち上げ場所になっていて、そのロケットの模型が折り返し点に設置されているということのようです。カイロスをぐるっと回ると説明を受けていましたが、実際にはカイロスが展示されている手前で折り返すようになっていました。折り返してすぐの場所にエイドもありました(23.7km)。写真を撮っていないのでおそらくドリンクだけだったと記憶しています。来た道を戻り、再び平野バス停のエイドに着きました(26.2km)。この往復区間は折り返し点が頂上の坂道でした。ここには続々と上ってくるランナーさんも続々と下りてくるランナーさんもいて、少し混乱気味に見えました。25kmの累積タイムは3時間22分でした。この5kmも40分以上かかりました。
平野バス停エイドを過ぎても下り坂が続きます。下り坂を無理のない範囲で走るようにして、だいたい7分台のラップタイムが続きました。下っている途中の三差路で上ってきたルートから外れて、左方向に進みます。ちょっと鬱蒼とした雰囲気のある森の中の道でした。クルマのすれ違いにも苦労しそうな細さです。30km地点を通過して、累積タイムは4時間ちょうどです。この5kmはまた40分以上かかっています。このペースが続くと60kmで8時間。残り5kmなので9時間くらいにゴールかな・・・と考えていました。
細い道を抜けて橋を渡ると片側1車線でセンターラインの引かれている道路に出ました。なんだか久しぶりな感じです。エイドで茶がゆをいただきましたが、エイドの雰囲気で初めてではないような気がしました。エイドスタッフに尋ねてみると、やはり二度目でした。あとから地図で確認したところ、スタート直後(4.5km)のエイドに戻ってきたことがわかりました。それで既視感があったようです。川に沿った県道(と思います)を進みながら川面を見ると、透明度が高いきれいな水が流れていることに気づきました。ただ、写真だとわかりにくいですね…。途中、スタート地点を通過しました。トンネルの手前なので認識できました。35kmの累積タイムは4時間40分。やはり5km進むのに40分くらいかかってしまっています。
そのまま県道を進んでいきます。半分を過ぎていますので徐々に疲労が蓄積していて、写真も少なめになってきています。写真を撮っていないエイドもあるので、何を食べたかもよく覚えていません(笑)。あとから見ると、このあたりでGPSが飛び飛びになっていました。トンネルは仕方ないにしても、普通の道でもくねくねした道を直線的に移動したことになっている箇所がありました。後半はエイドの距離情報とGPSの情報がズレているので、記述がおかしいところがあるかもしれません。40kmの累積タイムは5時間18分でした。少しタイムが改善したのはアップダウンが少なかったためだと思います。41km過ぎ、長井集会所に到着しました。ここでは「長井集会所行き」として預けた荷物を受け取ることができます。荷物袋はゴールまで運んでもらえるということで、前半で不要になった荷物はここで荷物袋に入れて、身軽になることができます。筆者は前半にジェルなどをほとんど口にしなかったので、追加ジェルを預けていたのですが取り出すことはありません。前半に出たゴミを預け袋に入れました。また、預け袋に入れていたヘッドランプを取り出して、ここからはポケットに入れて走りました。万一、暗くなってからゴールという可能性もあったためです(杞憂でしたが)。そんなわけで、ここからは少し持ち物が増えました(笑)。エイドではそうめんをいただきました。ここは関門でもありますが、関門時刻の16時までは2時間以上の余裕がありました。関門はそれほど気にしなくてよさそうです。
長井のエイドを出ると、比較的フラットなコースが続きます。長井のエイドより前も比較的フラットだったので、合計15kmくらいはフラットな区間が続きました。それでも走り続けるところまでいかず、歩きを交えながら進みました。だいたい1kmあたり8分くらいが続いていました。それでも9分を基準に考えると貯金ができています。45kmの累積タイムは6時間3分で、5kmラップは45分でした。ラップが長くなっています。43kmのエイド(井鹿会館)は関門になっています。8時間50分なので2時間以上の余裕を維持しています。
そのままフラットな区間が続きます。変化がないうえに写真もないので記憶も曖昧です。朦朧としていたわけではないと思いますが。だいたいキロ8分強くらいの走り方(歩き方)でした。50kmの手前から長い上り坂が始まります。50kmの累積タイムは6時間50分で、この5km区間は47分ということになります。速度の低下が続いていますが、区間の最後が上り坂だったためだと思います。
この長い上り坂ですが、だいたい55kmくらいまで続きます。7kmくらいは上り続けるようなので、これは歩くしかありません。この上り坂区間はキロ10分くらいでした。要するに歩いています。坂の途中、少しだけ斜度が緩い区間がありました。ここだけは少しだけ走って9分台のラップになっています。55kmの累積タイムは7時間43分でした。53分かかっていますが、ほとんど歩いているので仕方ありません。
ちなみに上りきった頂上は21km付近と26km付近でエイドがあった平野バス停のすぐ近くです。あとから地図でわかったことですが。平野バス停で「ショートカット」を申告した人はここに出て、残り10kmくらいは走るという設計になっています。
55km地点で上り坂が終わると下り坂が始まるわけですが、だいたい6kmくらい坂をおります。7km以上かけて上った高さを6kmで下りるため、当然ながら急な下り坂になります。膝を痛める可能性があるので慎重に走るしかありません。下り坂は61km地点くらいまで続きます。60kmの累積タイムは8時間26分でした。この5kmは43分くらいでした。だいたい9分を切るくらいのペースで走っていたようです。
60kmを過ぎてから、三差路をどっちに進んだらいいかわからない場所がありました。左は上り坂、右は川に沿った下り坂です。前を進むランナーの姿は見えません。迷いましたがこの期に及んで上り坂に進むことはないだろうと考えて、川沿いに下る方を選択しました。結果的に正しかったようで、その先に「あと3km」の看板が設置されていて、正しい選択をしたことがわかり、ほっとしました。あとから着いてくるランナーさんがいたので、責任重大でした。
ということで川沿いを進みます。コースの高低図ではほとんどフラットに見えますが、川沿いということは下っていることになります。ここまでの下りより走りやすく感じたせいか、またはゴールが近くなってきて気が楽になってきたせいか、キロあたりのラップタイムが上がってきました。8分台だったところが7分台に回復しています。徐々に応援の人が増えてきたことも改善した要因かもしれません。
ゴールが見えてきました。スタッフが道路左側に誘導しています。補陀洛寺の境内にゴールのゲートが用意されていました。両側をこのお寺の装束を着たアルバイトさん(後からわかりました)がゴールテープを持って待っています。8時間52分台でゴール。目標というか目安にしていた9時間を切っていました。明るい時間に終わったことに何よりホッとしています。
ゴールの補陀洛山寺は、古代から中世にかけて「補陀落渡海(ふだらくとかい)」という壮絶な宗教儀礼で知られているそうです。南方にある観音浄土「補陀洛山」を目指して僧侶が小舟で海に出る修行で、平安時代から江戸時代にかけて実際に行われていたそうです。AIさんに調べてもらいました。合っているかどうかわかりませんが、説明板の内容とも一致しているようです。
ゴール後の飲食会場で他のランナーさんと歓談しましたが、やはり100kmを走られてきた強者たちの話は興味深いものでした。大会でよくお会いする坊さん姿のランナーさんにも再会しました。100kmを走られたそうです。ちなみにゴール手前でランナーはお花をプレゼントされますが、遠征組で当日帰宅しない筆者のような参加者にはあまり好ましいプレゼントではないですね。ホテルで処分するのも申し訳ないですし。結局、更衣室でお会いした近隣エリアのランナーさんに持ち帰っていただきました。ご家族の分のお花が増えて喜んでもらえました。
この日はゴール会場のボランティアをしていた同居人とも合流したので、ゴール地点を後にしました。ゴール最寄りの那智駅から宿泊地の新宮へ電車で移動。すぐにホテルへ戻り、シャワー後、近くの居酒屋で反省会を開始。お店はホテルのすぐ隣の「壱楽」さん。出てきた料理がどれも美味しく、お酒が進みました。