ここ1週間の間で左太ももの痛みが悪化。満足に走れない状況になっていました。痛みのピークは水曜日くらいだったと思います。木曜日、金曜日と少しずつ良化したものの、完全にはほど遠い状態でした。さらに右足には足の裏の指の付け根(拇指球)の痛みを抱えていて、着地で踏ん張れない。こちらは1か月以上続いています。大会前の土曜日は完全オフにして日曜日は出たとこ勝負。そんな感じの参加でした。
都内に3回目の緊急事態が発出され、神奈川県にも蔓延防止措置が取られている状態。数多くのイベントが中止や無観客開催に追い込まれています。そんな中で開催された「第1回みちくさフルマラソン」。多くの困難を克服して開催にこぎ着けていただいた主催者(走援隊)には感謝の気持ちでいっぱいです。実は走援隊のイベントも昨年以来多くの中止や延期を経験しています。来月の横須賀・三浦も中止になってしまっています。主催者としては何としても開催したかったのでしょう。我々参加者も感染防止に最大限努め、主催者の努力に報いていかなければなりません。コースの一部が使用を認められなかった模様ですが、この状況では仕方なかったと思います。
スタートは朝8時30分。それなのに起きたのは6時を回ってしまいました。二度寝です。朝から気合いが足りていません。反省。朝ご飯(食パン2枚)をかき込んで7時に自宅を出発。自宅で着替えを済ませ、上に羽織っているものを脱ぐだけの状態で7時50分頃には会場に到着。近いのは助かります。それにしても寝坊はいただけません。猛反省です。
冒頭に書いた通りの状態なので、目指すのは「行けるところまで行く」ですが、この大会は選手回収バスなどはありませんので、リタイアする場合は自力でメイン会場(綱島)に戻らなければなりません。たとえば鴨居でリタイアしたとすると、横浜線と東横線を乗り継いで会場に戻ってくる必要があります(それも走る格好のまま)。4km過ぎにメイン会場を通過しますが、困難無くリタイア可能なのはこのタイミングに限られます。
スタート後、無理なスピードは出さず、ゆっくり走り続けます。2km過ぎくらいで第1折り返し。15分くらいで通過したものと思います。スタート地点に戻ったのは30分弱くらいだったかと思います。エイドで飲み物を補給。朝食がお腹に残っていてちょっと違和感がある状態でした。
ここから先、残り約38km(のはず)なので片道19kmを往復することになります。ほとんどハーフマラソンに近いコースを往復することになります。単純計算で23km地点が折り返し点ということになりますが、実際は? 過去に同じようなコースを走った大会では想定の距離よりだいぶ短いコース設定でした。おそらく今回もそんなものだと思い、走っておりました。
気候はスタート時点で暑くも寒くもなく、非常に良いコンディションでした。日差しもそれほど強くありません。風が吹くと辛いコースですが、それもほとんどありませんでした。
スタート地点のエイド通過後はスピードをさらに落としてキロ7分くらいのペースにしました。これでもどこかで痛みに耐えられなくなるような気がしていましたが・・・。本当にどうなることやらの状況です。
このコースは3回目(川和エイド以降を除く)ですが、前2回とくらべてかなり走り易くなっていました。一部に未舗装区間があったりしましたが、完全に舗装コースになりました。首都高の工事が進んだ結果なのだと思います。そんなこともあってさらに快適に感じるコースなのですが、いかんせん体が不調。結局キロ7~8分くらいのペースのまま第2折り返しに到着しました。手元時計のGPSでは22キロ過ぎくらいでした。やはりこのまま復路を走っても42キロどころか41キロにもならない。まあ、そんなもんだよねという感じで、走るのが苦しいから少し距離が足りなくて助かるくらいの感覚でした。このレースで記録を目指している人はいないと思いますが、もし記録を狙っていたとしたら残念だったかもしれません。
折り返しの近辺では多くのランナーとすれ違いますが、時節柄声を掛け合うのは厳しいものの、やはり連帯感があるのがこの大会の特徴です。手を上げたり、小さな声で「ナイスラン」とささやいたり、お互いに会釈したり、いつの間にかコミュニケーションができています。ランナー同士目が合うと力になるのですよね。おたがいにそんな感覚だったのではないでしょうか。
折り返しを過ぎるとますます走るのが苦しくなってきました。左足(太もも)はあまり痛みを感じなくなってきましたが、単に麻痺しているのでしょう。力が入らないので炎症が治まっているわけではありません。右足の拇指球は痛みが続いています。徐々にスピードも落ち、歩く時間も出てきました。本格的にまずい状態です。
そうは言いながらもキロ8~9分くらいのペースでゆっくりと歩を進めました。このペースなら何とかなるという感じですが、ゴールは何時頃になることやら・・・。
30kmを過ぎると徐々に人が増えてきてゴールが近づいてくるのがわかるようになってきます。新横浜のビル群や日産スタジアムを見て、「帰ってきた」という気持ちになってくるのが面白いところ。このあたりで土手から河川敷に降りなければならないところをショートカットしてしまった気がします。結果、往路になかった信号待ちを挟むことになりました(往路に信号待ちは1回のみでしたが、復路にはなぜか2回・・・笑)。
そんなこんなで40kmの表示を見ると手元のGPSではまだ39kmくらいでした。ゴールの大綱橋まではあと1kmちょっとのはず(手元計算の結果)。このあたりからもう痛みに耐えなくてもいいと思い、少しスピードアップしました。目標は手元時計で5時間切り。手元時計はオートポーズ(GPSが止まったら自動停止)を入れているのでグロスタイムよりずっと短い時間です。グロスでは5時間を切れないことは間違いない状態でした。
しかしスピードアップが遅すぎました。ゴールは手元時計で5時間を数秒だけ越えてしまいました。グロスはおそらく5時間11分くらい。距離は40.5kmくらいでした。フルマラソンに換算すると自己ワースト3に入るくらいの記録に終わりました。
満足いかない結果でしたが、現在の足の状態では仕方ありません。むしろここ1週間で状態が悪化した原因を考えないといけませんが、どこかでいったんリセット(1週間くらい走行停止)してみた方が良いかもしれません。ゴールデンウイーク明けくらいに考えます。とはいえ、次は1か月後の柴又ウルトラマラソン(60kmの部)。都内でのイベント開催は微妙な情勢ですが、開催を信じて準備します。結局休まないのだろうなあ・・・。