四万十川ウルトラマラソンに参加しました。100kmの部です。前月に群馬の「赤城山100」を完走したばかりですが、こちらは制限時間が16時間の大会でした。高低差が大きいので長めの設定だったものと思います。一般的に100kmのウルトラマラソンは制限時間14時間で開催されるものが多く、本大会の制限時間も一般的な大会と同様に14時間です。赤城山で100kmを初完走したことで少しモチベーションが落ちていたものの、一般的な14時間の大会でも完走してみたい気持ちも芽生えてきて、当初予定通りこの大会に臨むことにしました。赤城山の項目にも書きましたが、実はこちら(四万十川)に先にエントリーしていて、あとから赤城山の存在に気づき、そちらにもエントリーしたという順序です。
今回の交通、宿泊などの手配は大会公式のツアーのお世話になりました。前日に空路で高知に着き、バスで四万十市に到着しています。食事なしのプランでしたが、ホテル近隣に飲食店やコンビニなどもあり、不便なことなく当日を迎えることができました。ただし少し高めの価格設定なのが痛いところです。
大会当日です。午前3時起きで3時半にはホテルを出発し、ホテルの前から会場に向かうバスに乗り込みました。既に同志たちが乗車しています。みなさん眠いのか気合が入っているのかわかりませんが、車内は静寂の空間でした。
4時過ぎに会場に到着。用意していた和菓子を口にしてエネルギーを注入。これですべての準備が完了しました。上着などを脱いで預け荷物に入れ、ゴール行きの荷物と60km過ぎのエイド行きの荷物(ドロップバッグ)を預けました。ちなみにスタート前の様子を写真に撮るなどしましたが、会場の電波状態が悪くSNSへの発信はできませんでした。
5時頃から会場から5分ほどのスタート地点に移動を開始します。この時点ではちょっと寒く感じましたが、いずれ気温が上がると見越して服装は半袖、短パンを選択しました。会場からスタート場所へ移動する道の照明にはかがり火が使用されていて、独特の雰囲気でした。
5時30分、予定通りにスタートしました。スタートラインまでは1分ちょっとかかりました。赤城山のときは200人規模なのであっという間でしたが、1000人近い人数の大会なので1分以上かかるのでしょう。
この大会のコースは20km付近に最高点があり、そこまでは徐々に斜度が上がる上り基調の区間になります。序盤で疲弊しないことが大事なので、1kmあたり7分を目標に走り始めました。実際には6分30秒くらいに上がってしまっていましたが、まあいい感じでスタートできました。
今回のレースではヘッドランプの持参は必須になっていません。筆者も持たずに参加しました。ザックではなくポーチで参加したかったので少しでも荷物を減らしたかったのです。ただ、ヘッドランプは持参した方がいいかもしれません。スタート直後はかなり暗いのに加え、後半の日の入り後は同様に暗くなります。スタッフが暗い道をランタンやクルマのヘッドライト、懐中電灯などで照らしてサポートしてくれますが、自助努力もした方がよいと感じました。自助努力といえばマイカップ持参にしてもいいのではないかとも思いました。一カ所だけカップを切らしてしまったエイドがありました。ひしゃくの水を手で受け止めて飲みましたが、マイカップがあればよかったと思います。ちなみにフラスクボトルを持っていたので、こちらに入れてもらえばよかったような気もします。
そんな感じで緩い走りでスタートしました。10kmまではあまり上り坂を感じませんが、これくらいから本格的な上り坂に入ります。
10km手前くらいからお腹に張りを感じるようになっていました。徐々に我慢できなくなり、10km過ぎのエイドでトイレに立ち寄りました。ここはあまり並ばずに利用できました。少し身軽になってランを再開します。しかし走り始めると徐々に再び催してきて、次は16kmくらいのエイドでトイレに立ち寄りました。今度は5分くらい待ちましたが、待っている時間がとても長く感じられました。
ちょっとお腹の調子が良くないようです。トイレを出てゆっくりながら走り始めました。次のトイレ(17km過ぎ。ここは誰も並んでいなかった)をスルーしたらそこから1km進んだところで強い便意を感じるようになりました(汚い話ばかりでスミマセン)。必死でこらえながら次のエイドまで進み、トイレに飛び込みます(19kmくらい)。この間はまったく走れず、歩くのみでした。走ることによる振動が腹に響いてしまいます。ここの小休止で少しすっきりした感じがありました。ここまでかなりの時間を走れずに歩いてしまいましたが、上り坂だったので足を疲弊しなくてちょうど良かったかもしれません。
20kmのタイム計測を通過。2時間50分近くかかっています。このペースでは制限時間には間に合いません。しかもこんな体調です。この時点では時間内にゴールまでたどり着けるのかどうか、絶望的に近い感覚を持っていました。
21km過ぎで四万十町に入り、ここで上り坂は一段落して、下り坂に転じました。ここまで上り坂で歩いてしまった分を取り返そうと、ここはしっかり走りました。幸い19kmのトイレを最後に何とか持ちこたえています。膝に負担がかかりすぎないように慎重に坂を下りました。しかし、急な下り坂が終わったあたり(28kmくらい)で再びトイレにピットイン。下りでせっかく取り返した時間をまた浪費してしまいました。
このあたりでふと見ると手のひらが紫になっていました。血の巡りが十分でなく、かなり冷たくなっている状態です。これはまずい。この体調のままではもう無理という感じで、リタイアも視野に入っていました。そんな中でも37kmで再びトイレストップ。はやく体調が戻らないものだろうか。
ただ、このあとで体調の面では少しずつ落ち着いてきた感じがありました。ただし、持参していた補給用のスポーツ羊羹やエイドの食品を口にすることはできず、この点ではまだまだ完全復活とはいえない状態です。補給ができないのはウルトラでは致命的です。
40kmの計測は5時間25分。この20kmは2時間35分で走れたことになります。20kmまでは2時間50分近くかかっていた(トイレストップ含む)のだから、これはかなりの改善になります。30kmまでの下り坂が多かったことを割り引いて考える必要がありますが、逆にトイレストップを含んでいることも加味して考える必要もあるでしょう。微妙な数字です。
40kmを過ぎても41km、43kmと断続的にトイレに立ち寄り、ここまで計7回のトイレストップになりました。このあたりで少しだけ余裕がでてきたこともあって、内臓トラブルの原因を考えてみたのですが、思い当たったのが水です。ここまでお腹の状態が少し落ち着いた感じがしても、水を口にするとまた調子が悪くなるのを繰り返していることに気づきました。思い切ってもってきた水(ホテルで汲んだ水に経口補水パウダーを溶かしたもの)を捨てて、エイドで水を入れ替えました。効果があったのかどうかわかりませんが、この後は回復傾向になりました。ホテルで汲んだ水が合わなかったのでしょうか。
ちょうど中間点にあたる50km地点で時計を見ると6時間48分でした。距離表示の看板の写真を撮っていると、隣にいたランナーさんから「単純計算だったら間に合うんだけどなー」と話しかけられました。「単純計算だった間に合いますね」と応え、「10分余裕ありますよ」と付け加えました。いつのまにか遅れを取り戻し、14時間ペースに間に合うようになっていました。
何となくですが、このあたりで身体に活力が戻ってきたような気もしました。冷える一方だったところ、少しずつエネルギーを燃焼できるようになった感じです。身体が温まるようになってきた感じでもあります。先ほどまでの紫の手とは違う状況になりました。絶望的な状況からは脱したこともあり、メンタル面も上向きになりました。とにかく行けるところまで行こうと気持ちを新たにしました。スタートから7時間経過しているので一日のなかでも気温がもっとも高い時間になったのも良かったのかもしれません。
50kmのポイントを過ぎて四万十川沿いを走っていくと楽しみにしていた沈下橋に差し掛かりました。「半家沈下橋」です。四万十川にかかる沈下橋のなかで最も上流に近いそうです。増水時には水をかぶってしまう橋なので今回は無事に渡れることを感謝しなければいけません。コースは沈下橋をわたった対岸で折り返し、再び沈下橋を戻るように設定されていました。もちろん橋のうえで絶景写真を撮りました。
60km通過は8時間14分でした。50kmの公式計測はありませんが、手元計測で6時間48分でした。この10kmで86分かかったことになります。ということは残り40kmだからキロ8分でいけば…などと暗算を繰り返してました。ときどき計算ミスにより悲観的になったり、逆に楽観的になったり。疲れた頭で暗算はきついです。
61kmのエイド(四万十・川の駅カヌー館)はドロップバッグを受け取る重要なエイドです。ここまでろくに補給ができなかったのでゴミが出ていません。本来はゴミをドロップバッグに移し、逆に補給食をドロップバッグから補充するはずでした。気分転換のために汗まみれになったTシャツの着替えもしておきました。キャベツTシャツ2019から2017にチェンジ(笑)。この着替えが後ほど意味を持つことになります(後述)。ドロップバッグを預け直してコースに戻りました。再び四万十川沿いを進んでいきます。
65kmくらいの場所で今度は沈下橋ではなく赤い鉄骨の橋に差し掛かりました。津大橋(つだいばし)です。予備知識ゼロだったので橋の名前は読み方は後付けです。この橋も渡ったところで折り返して戻るコース設定でした。
橋を往復の後、再び四万十川の左岸を進んでいくと70km地点あたりで2つ目の沈下橋を渡りました。岩間沈下橋です。再び絶景写真を撮りました。川の流れに吸い込まれそうで少し怖いです。橋を渡った後、ここは戻らずに川の右岸を進んでいきます。1kmくらい進んだところで距離調整と思われる折り返しの後、橋を渡って左岸に戻ります。橋の名前はあとから調べました。「かよう大橋」です。「かよう」は漢字で書くと「茅生」です。親柱にはひらがなで名称が書かれていました。これは難読地名かもしれません。本格的な支柱を持つ橋でした。ここからも絶景写真が撮れました。
70kmは9時間35分くらいで通過しました。60km地点から80分くらいかかっています。制限時間まで残り4時間25分です。同じペースでいけば制限時間に間に合います。ただしほとんど余裕がありません。ちょっとしたトラブルがあると一気に危うくなります。先を急ぎます。71kmの関門は25分くらいの余裕をもって通過しました。
後から気づいたことですが、ここから先ゴールまでの間は写真がありません。気持ちに余裕なくなって制限時間に追われるように走っていたのだと思います。暗くなってきて写真を撮りにくいというのもありました。79kmの関門がありましたが、無事に通過しています。おそらく20分程度の余裕があったものと思います。80km地点の通過タイムは10時間59分でした。この10kmは85分ペースでした。残り20kmで制限時間まで約3時間。同じペースを維持できれば間に合います。このあたりで、何とか完走できるのではないかと自信がでてきました。序盤にあった胃腸のトラブルはまったくなくなりました。水分やエネルギーの補給もできるようになっています。
残りの関門は2カ所ですが同じペースを維持できれば問題ありません。時刻は18時を過ぎているのでかなり薄暗くなってきました。それほど人通りの多いコースではなく、街灯もありません。路面は舗装されているとはいえちょっとした凸凹などもあるかも知れず、不安は残ります。
とはいえ、制限時間に追われている状況なのでとにかく前に進むしかありません。立ち止まる時間ももったいないので疲れたら歩く。回復したら走る。その繰り返しでした。本格的に暗くなってくるとスタッフの方かボランティアの方かわかりませんが、コースに一定間隔で車を停めて、ヘッドライトを点灯してコースを照らしてくれています。これはありがたいですね。これがなかったおそらく真っ暗な中を走ることになっていたと思います。暗い中でもある程度安心して走ることができました。
90kmの通過は12時間20分くらいでした。この10kmは約80分。直前の10kmより少しだけペースが上がりました。先が見えてきたのと時間に追われているのと両方の効果だと思います。暗くなってくると自然にペースが上がるのかもしれません。残り10kmを残り時間100分で走ることになります。多少ペースが落ちてもなんとかなるでしょう。
暗闇の中を走り続けます。車のヘッドライトや民家の方がランタンで道路の縁をわかるようにしてくださっている場所もありました。ありがたいことです。
97kmあたりで14時間のペースランナーに追いつきました。自分の方が先行しているものと思い込んでいたので、ちょっと焦りました。ただ、追いついたことで時間内フィニッシュ可能であることがはっきりして安心感もありました。あとはペースランナーに抜かれないように進むだけです。
ゴールが近いこともあってコースは徐々に賑やかになってきました。沿道では住民の方、商店の方などさまざまな方が応援していただいています。ありがとうございます。
99km過ぎ、後ろからペースランナーの声が聞こえるなかで上り坂に差し掛かかりました。上りから下りに切り替わるところの注意との声が聞こえます。上り坂は歩きとゆっくり走りを織り交ぜながら進みました。そして下りに入って走り始めました。フィニッシュ会場の中村高校に向けて右折、わりと細い道に入ります。両側に応援の人がびっしりと並んでいています。まさに応援が力になりました。
いよいよフィニッシュ会場の中村高校に入りました。入ったらすぐにフィニッシュだと思っていたが、どうやらそうでもないようです。校舎(?)の下をくぐってグラウンドに出ました。ここでやっとフィニッシュのゲートが見えました。まだ100mくらいあるように見えましたが、実際どうだったのでしょう。この区間で1人くらい抜かれたような気もしますが、順位とか気にしていないので構いません。フィニッシュのテープを前にちょっと待ちましたが、無事にテープを通過できました。13時間47分台でした。この10kmは87分かかりました。気持ちとは裏腹にペースダウンしていたようです。なんとか13分の余裕を持って「完走」できました。そして3週間前の「赤城山」の記録15時間39分を1時間52分短縮できました。序盤の体調不良を乗り越えて「完走」。赤城山に続いて達成感のあるレースになりました。
フィニッシュ後、応援に来ていた同行者に出会うと、なせが急いでフィニッシュエリアの片隅に連れて行こうとしていました。何かと思ってそっちへ行ってみると、何と筆者と同じ「キャベツマラソン」のTシャツのランナーさんがそこにいらっしゃいました。そしてキャベツランナーさんと会話していた相手の方もなんと同じTシャツの持ち主だとか。こんな偶然ってありますか? しばし歓談のうえで記念写真も撮らせていただきました(笑)。
今回、途中のエイドでキャベツマラソン2019のTシャツからお気に入りの2017のTシャツに着替えたのですが、それがよかったようです。おそろいのシャツになりました。
その後、会場では花火が打ち上げられました。完走したランナーへの祝福であり、残念ながら完走できなかったランナーへの激励であり、そしてボランティアスタッフや応援の方々への感謝でもあったのでしょう。感動の花火でした。
レースを振り返ってみると、前半は胃腸のトラブルに悩まされ、思考の大部分はそちらに持って行かれていました。この結果、それ以外の印象があまりありません。後半は関門や最終的な制限時間と現在のペース、残り距離などの暗算で頭がいっぱいいっぱいでした。結果としてやはりコースや景色の印象に欠けています。写真を撮りながら走っていたので、記憶がなくても記録が残っているのが幸いでした。評判通りに景色を楽しめるレースといえると思います。
預けた荷物の受け取り後、着替えはホテルに戻ってからすることにしてシャトルバスの乗り場に向かいました。寒さを感じてきたので上着を着てバスを待ちました。バスで中村の駅に着き、晩ご飯を食べられそうなお店を探しましたが、無い。そもそも開いている店がない。ホテルの方に向かって歩いているとラーメン屋さんが一軒ありましたが、ラーメンはちょっと重い。ということでスーパーでビールと食料を買ってホテルに戻りました。入浴後さっぱりしてからビールをいただきました。美味いビールです。
翌朝8時には空港行きのバスが出ます。それまでにホテルをチェックアウトのうえで、巡回バスに乗ってバス発着場所の安並公園に着かなければいけません。その時間設定はちょっと早すぎです。ということで祝杯のビールは控えめにして早めに就寝しました。本格的な祝杯は翌日にすることにしました(高知市内のお店で昼間から楽しませていただきました)。
というわけで赤城山、四万十川と続けざまに100kmを完走しました。これまで一度もできなかった100kmを完走できたことを本当に嬉しく感じています。ただ100kmが自分の力に見合っているかというと全くそう思えません。これが限度、いっぱいいっぱいという感じです。そんな状況ですので、これで100kmへの挑戦は打ち止めにしようと思います。今後はフルマラソンや50〜75kmくらいのウルトラを目標にしていきたいと思います。
(以下はレース直後に掲載した速報版です)
9月の赤城山100ウルトラマラソンに続く100km挑戦です。実は赤城山より先にエントリーしていました。元々はこの大会をターゲットに100km初完走とフル以上100回完走の「ダブル100」を狙っていたのです。後から赤城山の存在に気づき、地元群馬ということもあって狙いを方向転換していたのです。ということで、この大会を走るモチベーションを失ってしまいそうでしたが、47都道府県マラソン(2周目)のひとつにしたいこと、どうせ100km走るなら赤城山の16時間制限ではなく一般的な14時間制限の大会を走りたいこと、この2つを目標に参加しました。
結果は赤城山のタイムを1時間50分更新して無事、時間内に完走できました。制限時間の14時間まで残り13分でした。実は序盤に何度もトイレに駆け込むような体調不良に陥り、一時はリタイアも頭によぎっていました。中盤から持ち直して何とか完走したものであり、制限時間ぎりぎりではありますが達成感を感じています。100kmはこれで心置きなく卒業ということにすると思います。