5月31日、奈良県橿原市を起点に開催された第1回「奈良ウルトラマラソン」に参加しました。100kmの部です(100kmのみの開催です)。2023年に赤城山と四万十川で続けて100km完走を達成して、もうそれで100kmは卒業だと思っていました。このたび後述の理由で約2年半ぶりに100kmに挑戦しましたが、残念ながら途中の関門を通過できず、収容車に回収されて終了しました。力不足でした。
2023年頃、奈良でウルトラマラソンが開催されるという情報を耳にしました。実際、大会のウェブサイトが開設されていて、2024年春開催に向けて動き出していました。当時は100kmの部に加えて50kmの部も計画されていて、筆者の目標である「47都道府県フルマラソン(以上)の2周目」の条件に合致しているので、50kmの部に参加するつもりでいました。
ところがコースの確定ができないまま2024年の開催は見送られ、2025年も動きがありませんでした。半分あきらめかけていた2025年秋、突然ウェブサイトが更新されて2026年開催に向けて動きが始まりました。もちろん参加するつもりで自分のスケジュールに組み込んでいました。
しかし実施内容が明らかになってくると、状況が少し変わりました。大会は開催されるものの、100kmのみの開催で、50kmの部は予定されていない。どう見てもアップダウンが多い地域で100kmを走るのは厳しい。しかし生涯目標である「2周目」のためには奈良県に他に選択肢はない。ということで、再び100kmに挑戦することを決め、エントリー開始日に準備万端でエントリーしました。どうやら開始2時間で定員に達したようなので、準備を万端にしていてよかったと思います。
ということで、消極的理由で再び100kmを走ることになりました。2023年の秋以来、ほぼ2年ぶりということになります。別項で何度も書いていますが、昨年秋にハムストリングスの肉離れを発症して、それ以降は満足な練習ができない時期が続きました。3月頃に痛みがほぼ消えたものの、ランニングの状態はハーフマラソンを走りきるのにも苦労するレベルに落ち込んでいます。5月に入り、千葉県・君津で開催された55kmウルトラで暑さと距離(時間)に体を慣らすつもりでしたが、長い距離の練習はその程度でした。君津くらいの距離を何度か踏んでいればよかったのですが。
当日朝は大和八木駅近くのホテルを午前2時半に出発。駅前から運行されているシャトルバス(事前予約制、有料)で会場に着きました。バス乗り場の前にはコンビニがあり、ここで朝食用のおにぎりを購入しておきました。会場に到着後にエネルギー源としていただきました。
会場は少し肌寒く、スタートを待つ間は両腕を手のひらで摩擦して寒さを凌いでいました。おなかが冷えるのが心配でしたが、こちらは大丈夫でした。会場の仮設トイレは洋式便座で、こちらは助かりました。ランナーの方はわかると思いますが、走る前に和式トイレを使用するのはかなりの負担になるのです。
ちなみに会場は藤原宮跡ですが、だだっ広く何も無い(もちろん地面の下には遺跡が埋まっている)場所で、もし雨が降ったりしたら大変なことになっていたと思います。天候に恵まれて良かったと思います。来年以降に参加されるランナーさんは天気予報とにらめっこして、必要な装備を検討しておいて損はないと思います。何より雨に当たると体が冷えます。雨の場合、対策は必須になると思います。
大会はウェーブスタート式で筆者は4時51分スタートでした。再度書きますが、スタート前の時間は少し寒かったので30分前から並ばせるのはやや厳しかったと思います。並んでいる間に体が冷えました。ストレッチ等の準備をしておいても元に戻ってしまいます。各グループごとにスタートの10分前に集合で良かったのではないでしょうか。半袖Tシャツだったので、両腕を手のひらでこすって温めていました。
4時30分から3分ごとに順次スタートしていきます。待っている間に夜が明け、筆者たちの組がスタートした4時51分には完全に明るくなっていました。暗闇のスタートでなくてよかったと思います。スタート後も日差しは雲で遮られていて、あまり暑さを感じることなく、快適なコンディションでした。スタートから無理することのないように慎重にスタートしました。この大会では1kmのラップタイムは7分くらいで十分です。
無理の無いように走り始めましたが、普通の道路(直線的で歩道があるような道路)は最初の数キロだけで、すぐにくねくねとした道が始まります。奈良県のうちでも中部から南部にかけてのエリアなので、基本的に山のなかを走るのに加えて、古墳や遺跡が数多くあり、そういった間を縫うように道路が敷かれているイメージです。小刻みなアップダウンもありました。長い道のりなので、上り坂では躊躇せずにスピードを落とします。時には歩きます。
6kmくらいには高松塚古墳、8km過ぎにはキトラ古墳というように明日香村の古墳群の縫うように進んでいきます。当然ながらアップダウンがあり、序盤からきついところでした。古墳のなかを(上を?)走っていいのかとか思いながら進みました。ちなみに明日香村では両古墳や博物館を見学したことがあります。まさか走りに来る機会があるなんて想像もつきませんでした。
10kmを過ぎて、本格的に山のなかに入ってきました。樹木の間の道を少しずつのぼっていくイメージです。さらに進むと森のなかを進む状態になります。日差しはまったくなく、少し肌寒いくらいにも感じます。もっと天気がよくてもそれほどの気温にならないかもしれません。
このあたりは壺阪寺に上る坂道ですが、「もしかしたら高取城を訪問した際に通っているかもしれない」「たしかマラソン前日だったのでタクシーを利用した記憶がある(実際は違う道だったようです)」、そんなことを思い出しながら急に激しくなってきた山の道を歩いていました。手元の時計を見ると、12kmのラップは10分近く、13kmのラップは11分超まで落ち込みました。でもここは焦らず体力を温存します。壺阪寺では巨大な石像を見上げたり、逆に見下ろしたり。同じ石像? いや、違う石像だったらしいけど、よくわかりません。ここから降りる下り坂に入っても慎重に足を進めました。後半にダメージを残さない走り方を心がけ、下りでも必要以上に速度を上げない、そんな意識です。
25kmのエイドでは、テーブルに有名な柿の葉寿司の店舗名の暖簾が下がっていました。しかしテーブル上にあるのはこれまでのエイドとさほど変わらぬお菓子など……。スタッフによると既に「完売」したらしいです。遅いランナーは柿の葉寿司にも巡りあえないのか……。とほほでした。こちらでは水だけいただいて先を急ぎました。
25kmのエイドを過ぎると30km付近と32km付近をピークとするアップダウンが再び始まります。7分~8分くらいラップが続いていたところ、26kmあたりからときには10分を超えるところもありました。かなりの急坂です。でも山場はここではありません。
の大会の本当の牙が剥き出されるのは35kmを過ぎてからです。ここから45km過ぎのコース最高地点である標高559mに向けて、絶望的な上り坂が始まります。3回くらい頂上らしきところに到達するのですが、少し降りると再び上りに転じます。容赦ない激坂が続き、周囲のランナーの足も止まり始めていました。ラップタイムは良くて9分台、悪くて12分台くらいに落ちています。
そしてその先には47km地点の関門があります。関門時刻は11時59分。スタートから約7時間です。フルマラソン+5kmくらいの地点なので、普通に走っていれば7時間は問題ないはずなのですが、やはりこのコースは厳しい。関門まであと1km強の地点で、関門時刻まで10分を切っていました。GPSの誤差があるので正確なところはわからなかったものの、かなり迫っていることは確かです。幸いなことに最大のピークを過ぎて下り坂に入っています。壊れかけた足腰に鞭を打つようにラップタイムを6分台前半にまでペースを上げて関門に滑り込みました。関門閉鎖の1分前を過ぎていました。本当にギリギリの通過です。
しかし、この関門滑り込みセーフでいったん足を使い果たした感触がありました。関門はエイドを兼ねていたので、ここでひと休みするのも選択肢にありますが、筆者は「動的休憩」としました。静止せずに歩くことで休憩の代わりにする。そんな休憩です(筆者の勝手な用語です)。
ここから2~3kmくらいはほとんど歩いたような気がします。時折走るような姿勢もとってみましたが足が動かない。やはり使い果たしたようです。実際、この先54kmのラップまで一度も10分を切っていません。
ちなみに50kmの測定器を通過した際、その写真を撮っていると、スタッフから「撮るべきポイントがあと5か所ありますよ」との声がかかりました。 「いや、無理。たぶん無理。もう一つも撮れないかもしれない」 そう返答しながら、何とか前に進みました。応援ありがとうございます。
その後、最後尾と書かれたクルマのスタッフから「右側を走行してください」と指示を受けました。対向車が来るのが怖いんですよね。道交法的には右側というのは理解しているのですが、運転者から見ても左にいてくれた方がよくないですか? それにしても本当に最後尾車なんだろうか、最後尾1とか書かれていたから、もう1台くらいいるのかもしれない。
54km過ぎのエイドで水をボトルに入れていると、「最後尾」車が再び近づいてきました。やばい、これは最後尾に近い? スタッフに尋ねると、どうやら本当に最後尾に近いらしい。逃げるようにエイドを出発しました。
ここでリタイアするわけにはいかない理由がありました。58kmくらいには、大会名物(になるはず)の石段があります。今回、勤務先のラン仲間でこのエリア出身の方がいて、この大会を走りたがっていました。地元の第1回大会、それは走りたいですよね。それなのにエントリー合戦で失敗して参加できなくなってしまったのです。
その方から「石段を走りたい」という話を聞いていたので、私としては石段の土産話だけはどうしても持ち帰りたかった。ここで「回収」されてしまっては石段の話を持ち帰れない。そう思うと折れかかった心に再び火がついて、(少しだけ)足の動きがよくなりました。このあと、クルマが進入できそうもない細い道がコースとなり、回収車に追いかけられる心配がなくなりました。
58km過ぎ、ついにその石段が現れました。高低図で見ると、ここはもはや坂道ではなく、ほぼ「垂直な壁」がそびえ立っているようなグラフになっています。
一段ずつ踏みしめるように上りました。階段のコースというのは、足をどれだけ動かしても、斜度がありすぎてGPSの水平距離がまったく進まないのです。その結果、59kmのラップタイムは「14分46秒」。歩くよりも遥かに遅い、這うようなペースでになりました。とはいえ、ペースはともかく意外と登れている感覚もありました。走って疲労しきった筋肉と、階段を上がる筋肉は少し違うようです。同僚に土産話を届けるという執念だけで、この約500段の難所を走破(踏破)しました。
石段を終えると、吉野の街並みに入りました。ここが「吉野」に観光に行きたいとか言う場合の「吉野」なのかもしれない、と思いながら進みました。クルマが通ると歩行者がよけなければならないレベルの細い道です。ここを歩いたり走ったりしながら進みました。
このエリアを過ぎると再び上り坂が始まります。坂の途中で60kmの測定器があり、これを無事に通過できました。応援ナビで見ている人(いるのか?)にも、私が石段を無事に過ぎたことが伝わったと思います。あとは61kmに関門(エイド)を目指すだけ。「ここが私のゴールだ」と、いつの間にか頭の中でゴールがすり替わっていました(笑)。
しかし、測定器の写真を撮り、通り過ぎてまもなく背後から回収車が追いついてきました。 「乗ってください」という冷酷な声(本当はとても優しい声でした)。GPS測定で 60.79km地点で筆者の第1回奈良ウルトラマラソンは終了しました。
回収車で61kmのエイドに連行され、コーラや水で周囲のランナーさんと健闘を称え合い(リタイアを慰め合い)、次は大型バスでメイン会場に送還されました。
3度目の100km完走を目指した旅でしたが、失敗という結果に終わりました。とはいえスタッフ・ボランティアの方も沿道の方も非常に明るくフレンドリーで、気持ちよく走れる大会でした。
ただ、せっかく用意いただいた柿の葉寿司や冷凍パインなどが遅いランナーにはまったく行き渡らなかったことは残念でした。筆者個人としては自分でジェルなどの準備をしていたのでエネルギー不足には陥らずに済みましたが、トイレに紙が無いとか最後には給水所に水が無かったといった小トラブルも耳にしました。一部には準備不足や想定以上の使用・利用もあったのかもしれません。そういった問題を差し引きしてもプラスでおさまる良い大会だったと思います。
来年以降、50kmの部など「ミドルクラス」の部門が新設されれば再度参加してもいいかなと思っています。100kmはもう出ません(笑)。
この遠征は珍しく当日も宿泊しました(もしゴールまで制限時間いっぱいで走ったら帰れないので)。いったんホテルに戻ってシャワーを浴び、反省会へ繰り出しました。反省会の会場は大和八木駅近くの居酒屋「蔵」さんでした。 100km完走は果たせなかったものの、500段の石段を上り切って流し込むビール、そして奈良の冷酒はとても美味しく、身体に染み渡りました。