長崎平和ハーフマラソン

長崎平和ハーフマラソンに参加しました。長崎県では五島つばきマラソン(フル)、橘湾岸スーパーマラニック(55km)に続く参加で、ハーフマラソンは初めてです。

この大会は被爆75年の節目である2020年にフルマラソンとして計画され、実際にランナーの募集も始まっていました。筆者も参加する予定で、エントリー済みでした。しかしながら2020年春に始まったコロナ禍により実施が1年延期となり、参加費は返金されました。返金が無い大会が多数だったなかでは極めて良心的な対応だったと記憶しています。大会の約半年前に延期を決めたので実際に支出された金額が少なく、返金が可能だったのでしょう。その後、翌2021年になって被爆80年の節目にあたる2025年の開催を検討することに方針が変更されました。

2025年が近づいてきた昨年秋になって、フルマラソンをハーフマラソンに縮小することが発表され、今年を迎えました。物価の上昇によりフルマラソンにかかる経費が大幅に上昇したこと、ハーフの方が日程の制約が少ないことなどが理由として挙げられていました。実際にフルで実施したら参加費の大幅値上げは避けられないところだったと思います。

エントリー開始前には5年前の参加者に参加の意思確認が行われたようですが、筆者には確認のメール等はありませんでした。サンプリング調査だったのかもしれません。その意思確認を踏まえて5年前のエントリー者向けの優先エントリー枠が設けられ、筆者はこの期間内にエントリーを済ませました。ハーフマラソンになったとはいえ、筆者にとっては乗りかかった船です。開催を楽しみにしてエントリーしました。

例年、長崎ではこの時期には「長崎ベイサイドマラソン」というハーフマラソンの大会が開催されています。2002年頃から続く歴史ある大会ですが、今年はこの大会は開催されません。被爆80年にあたり、今年は大会の名称やコースを変更し、広く県外からもランナーを募集したというのが実際の姿だったのかもしれません。

というわけで、前日に空路で長崎に入り、皿うどん、長崎ちゃんぽん、トルコライスなど長崎グルメでエネルギーを補給しておきました。燃焼用にアルコールも少々(笑)。

当日朝は9時のスタート。会場まで徒歩15分程度のホテルだったので、比較的余裕をもって行動できました。7時前にはホテルで朝食をとり、身支度を調えて出発。会場到着は8時10分くらいでした。既に大会前のイベントが始まっていて、ゲストランナーの有森裕子さんが挨拶されていました。お母様が長崎出身で毎年夏には訪れていたとか。いつもサービス精神旺盛な有森さんですので、今回も応援にトークに活躍されることと思います。

ここまで着てきた上着を脱いで最終的な準備を済ませて、荷物をテントに預けました。天候は晴れ。おそらく20度くらいに上がりそうなので、半袖、短パンで十分なコンディションです。

長崎平和ハーフマラソンスタート前

ハーフマラソンのコースは長崎港をぐるっと反時計回りに一周するイメージです。まずはスタート地点の長崎水辺の公園から出島、新しい県庁、スタジアムシティなどの脇を通りながら北上します。浦上では80年前に原爆が投下された場所や平和記念公園の近くも通ります(過去に訪問したことがあります)。スタジアムシティは立派なものができましたね。いつかサッカーの応援(もちろんアウェイですが)に訪問したいと思っています。長崎さんは遠い存在になってしまいましたが。

陸上競技場のトラックを1周して折り返し、来た道を戻って南下します。今度は南下の途中で右折。稲佐橋を渡って港の西岸に出ます。稲佐橋付近が約7.5kmくらいの地点でした。ここまではスタジアムシティ前後のアップダウンだけでしたが、港の西岸は割と起伏の多い地形です。小刻みなアップダウンを繰り返して、10km付近には割としっかりとアップダウンがありました。体調が十分でないので、こういう場所では適度に歩きを混ぜ込んでやり過ごしました。ただ、坂の上からの眺めは港や対岸(東側)が一望できて、そこは良かったと思います。

コース終盤の15km付近には本大会のメインディッシュとも言える「女神大橋」を通ります。女神大橋はQE2級の50mを超える高さの客船もその下を通って港に入れるように65mという高さです。ここを通るために13km付近から坂を駆け上がり、反対側の17km付近まで駆け下りるわけで、かなり厳しい区間でした。上り坂はほとんど歩くように走り(走るように歩く方が正しいかも)、ペースはキロ8分をオーバーするような遅さになりました。14km付近でいったん上り切ったかに見えるのですが、さらにその先に上り坂が待っているという修行のような場所でした。ただ、こちらも橋からの眺めは良かったので疲労は忘れました。

女神大橋を走るランナー
女神大橋からの風景

女神大橋の坂を下りて港の東岸に出ます。橋の取り付け部分で交通を完全に遮断できない部分があるようで、ここは事前に車に注意というお知らせを受けておりました。実際には交通整理の係員が配置されていて、安全に横断することができました。まったく問題ありません。走行のラップタイムは6分~6分半くらいのジョグを継続する感じですが、ときどき歩いて休憩を入れておりました。

ゴールに向けて港のと東側を北上します

スタートした公園が近づいてくると市街地に近いこともあって沿道の外国人と思われるお客さんが増えてきました。日本の市民マラソンが珍しかったのか、しきりに声援をいただきました。ありがとうございます。たぶん歩いている筆者に対して走れと言っていたのだと思いますが、よく理解できないものの力になりました。

スタートした公園に戻り、スタートしたときとは逆の向きにゴールに向かいました。ゴール手前で両脇を抱えてもらっていながらも少しずつ進んでいるランナーさんがいらっしゃいました。いや、この状態って危険なんじゃないだろうか。でもこの人は筆者より早くこの地点に到達しているわけで、わたしなんか足元にも及ばないのだろう・・・。などと余計なことを考えながらゴール。平和について考えるはずが、余計なことを考えながらゴールになってしまいました。

ゴール後にフィニッシュゲートを撮影

こうやって元気に(それほど元気ではないのですが)走れるのも戦争をしていないからであって、そこは先人たちに深く感謝するしかありません。世界に目を向けるとこんなにのんびりとしていられない地域がたくさんあります。一日もはやく日常生活を取り戻せるよう、そして我々の「戦後」がいつまでも続けられられるよう願うしかありません。

ゴール後は振る舞いのカレーをいただきました。普段はラン後の食欲がなくなってしまう筆者ですが、そこまで疲弊しなかったので食事することができました。

振る舞いのカレーライス。長崎らしい食べ物があっても良かったかも