高橋尚子杯ぎふ清流ハーフマラソン2017

昨年は仕事の都合で泣く泣くDNSとなった「高橋尚子杯ぎふ清流ハーフマラソン」。2年連続のDNSは避けるべく、肋骨骨折からの復帰レースとして走ってきました。骨折したのは4月9日。その1週間後に予定していた「かすみがうら」はあえなくDNS。この間、体を動かすのはウォーキングのみとして中11日。21日の金曜日、自宅近くを試走してみました。日常生活における痛みはかなりひいていて、くしゃみや咳をしない限りは痛みを感じることはほぼありません。その中での試走。言葉通り「おそるおそる」という感じでしたが、結論的には「激しい呼吸をすると痛い」という状態。いわゆる「ぜーぜーはーはー」の状態に近づくほど痛みは増します。逆にいえば、そこまで達しない走り方であれば痛みは感じません。要するに6分/kmくらいであれば走れるということ。翌々日の「ぎふ清流」を走れると判断しました。ただし、激しい呼吸にならないレベルで。

そんな判断で前日の土曜日、新幹線で名古屋へ。そこからまずは伊勢市に移動。サンアリーナ(お伊勢さんマラソンで訪れました)で開催されている「菓子博2017」を見物。全国のお菓子や三重県産のお菓子を購入できるコーナーは長蛇の列で入れなかったものの、メイン展示の「お伊勢参りのにぎわい」をはじめ、地元高校生や専門学校生の手で作られた造形菓子、全国から出品されたお菓子の展示などを見ることができました。気がつけば2時間近く展示を見入っていたことになります。お昼は会場内のフードエリアで松阪牛や伊勢うどんの行列を避けて、あまり並んでいない「名産鮨」を購入。芝生の縁に座って胃袋におさめる。菓子博のついでにNHK「ブラタモリ」で紹介していた宇治山田駅も見ておきたく、菓子博は早めに切り上げ。豪勢な造りの駅舎を見てきました。

「ぎふ清流」は前日受付で20時までにナンバーカードの受け取りが必須。名古屋に戻ったのが17時過ぎ。JRで岐阜に移動して駅近くのホテルにチェックイン。荷物を置いて、すぐに受付会場(翌日のスタート・ゴール会場でもある)メモリアルセンターへ路線バスで移動。しかし、指定された路線バスはあまり効率の良いものではなかったようで、受付会場から距離のある会場北側で降りることになってしまいました。センター内は案内表示が少なく、迷いながら受付の建物に何とか到着。無事受付は済ませたものの、評判の良い大会なのに出端をくじかれた気持ちです。「公共交通機関で」って書いているのに、クルマで来場の人を中心に案内しているように感じました。戻りのバスは効率のよさそうなバスを選択。それでも適切な案内を見ることがなく、結局のところ遠回りしてしまいました。

バスで繁華街近くまで移動し、夕食のお店探し。今回は下調べが不十分なため居酒屋系を探して歩きはじめるが、そういう種類のお店の数が少なく、せっかくやっているお店も、客の扱いに問題あり。入ってみたもののあまりの扱いの悪さに耐えられず、すぐに出てしまうこと2軒。3軒目で我慢して食べてきましたが、ここもあまりの居心地の悪さのため最初にオーダーしたものを食べて、早々に退散。これでは空腹を満たすには程遠かったのでコンビニでおにぎりなど購入してホテルに戻りました。だったら最初からコンビニ飯にすれば良かった。

当日朝は9時スタートなので、5時半に起床。6時に朝食(ホテルの好意で通常6時半の朝食を1時間繰り上げていました)。腹八分目に食べて、7時20分くらいにチェックアウト。岐阜駅前から発車するシャトルバスを目指します。駅から出てくる人には乗り場がわかるように案内していたのだと思いますが、泊まっているホテル方面からは乗り場がわかりませんでした。駅までたどり着いて見ると、信長公像の下にバスを待つ人の列を発見。見た目だけでも100人以上が並んでいました。そしてさらに隠れるように列が続いていて、全部で200~300人くらいいたような気がします。次々とバスが発車し、15分待ちくらいで乗れました。会場まではおよそ15分程度。トータルすると意外と時間がかかります。

会場内はシャトルバス乗降場所から荷物預け、そしてスタート位置へ向かう導線がとても不自然というか、初めての人には非常に分かりにくい。会場の全体像が頭に入っていないので、会場のなかで自分の位置がわからず、イライラ。現在地が荷物預かりの場所までの距離のうちどれくらいにいるのか判然とせず、急ぎ足にすべきなのかどうかもわからない。しかもスタート会場まで再び戻るような道順であり、効率も悪い。案内の表示やスタッフの数も少ない。スタートブロック閉鎖の時刻は繰り返しアナウンスしているが、「あと何分」を言わないから自分の時計を見ないとそれがわからない。時間に余裕を持って行動することをお勧めします。

ボランティアの中学生、高校生のスタッフは笑顔で明るく丁寧にランナーに接してくれて、本当に気持ちよい対応でした。それだけに、全体の進行やスタッフの配置を考える大人がしっかりとランナー目線で考えていかないといけません。大会の人気にあぐらをかいているような気がしてなりませんでした。

話をレースに戻します。わたしのスタートブロックは「D」。長良川競技場の中がスタート待機場所です。スタートラインは競技場を出て、公園の敷地を出た外側の道路になります。1万人を超える規模の大きな大会ですので、スタートラインまではそれなりの時間がかかりそうです。スコアボードには大会役員の岐阜市長、中日新聞社長、そして大会会長の高橋尚子さんの挨拶が映し出されています。ここまで会場内の移動に気を取られてストレッチをする時間が取れませんでした。ブロックの最後方で邪魔にならないようにストレッチ。肋骨に負担をかけないように、肩甲骨のストレッチには気を遣いました。足首やふくらはぎ、太腿のストレッチも入念に。ただし、ハムストリングスのストレッチを飛ばしていました。走りはじめてから気づきました。

スタートを待つ様子。絶好の青空です

9時5分に予定通りスタート。しばらくノロノロ歩きが続き、スタートライン直前まで走る状態にはなりませんでした。スタートライン通過までおよそ4分。ここからは混雑ながらも走れるようになりました。段上には高橋尚子さんと野口みずきさんの金メダリストお二人、沿道にはパッパラー河合さん、サンプラザ中野くんが並び、ランナーとハイタッチしています。わたしも河合さん、中野さんにハイタッチしていただきました。

スタートからしばらくの間は1kmあたり6分くらいのペースを維持。このペースであれば、呼吸が激しくなることはないので、肋骨の負担にもなりません。痛みを発生させないためにはこのペースを維持することにしたいと思っていました。もしそれでも痛くなってしまったら、残念ですがDNFも視野に入れておりました。

スタートから3kmくらいを過ぎたところで、ランナーが少しずつばらけてきて自分の空間が作れるようになってくると、徐々に欲が出てきてしまいました。「痛くない範囲でスピードを上げてみよう」と考えて、徐々にペースアップ。1kmあたり5分40秒に切り替え。サブ4(ハーフならサブ2)ぎりぎりのペースです。このペースで痛みが発生しなかったので、このペースを維持することに決めました。4kmくらいで岐阜駅前で折り返し、7kmくらいの場所で長良川沿いのコースに入ります。岐阜駅近くでは女子応援団がかっこよいパフォーマンスをして、ランナーを盛り上げていました。応援ありがとうございます。

長良川沿いのコースは平坦だと思い込んでいましたが、意外にも小さなアップダウンが繰り返します。古い街並みが残る道(川原町・・・後日調べ)もコースに組み込まれており、ここは応援の方々ばびっしり。なかでも十六銀行(岐阜の地銀)の関係者の数には圧倒されました。ランナーの中にもかなりの関係者がいたのではないでしょうか。このあたりで「ザ・ベストテン 長良川艶歌」と書かれた石碑を目にしました。写真を撮りたい衝動に駆られましたが、コース幅が十分でないところなので、停止しては危険と考えて自重。でも気になりました(「長良川艶歌」が12年間トータル1位だったことを記念した碑らしい・・・後日調べ)。

街並みを過ぎると、今度は河岸段丘の崖のすぐ脇を走る道路に出ましたが、ここもなかなかの迫力。コースの様子が変化するので、走っていて飽きません。さらに進んでいくと、11km地点あたりでコースは長良川の土手の上に上がります。ここからは景色が開け、山と川が一望できるようになります。今度はコースの脇にそれて、いったん足を止めてスマホで写真。30秒くらいロスしたと思いますが、仕方ありません。絶景だったので。

いったん立ち止まって写真

13km地点くらいまで長良川を上流に向けて走っていきましたが、ここで橋(千鳥橋)を渡ります。橋の高さまで長い距離をかけて上り、橋を渡ったあと、今度は一気にループ状に下ります。この下りがこのコースでは最も走りにくかったように思います。

ここからゴールまでは、20km地点までは長良川に沿って下流方面へ走り、残り1kmをゴールである競技場に向けて走る設定。7kmくらいの距離を川沿いに走ることになります。川の左岸を走っている間は変化に富んだコース設定でしたが、右岸はその点ではコースの変化はそれほどありません。ただ、ずっと岐阜城が左手の山の上に見えていますので、岐阜城を目印にゴールまでの距離を捉えるように走りました。岐阜城を過ぎれば残り数kmになるという計算です。

ここまで1kmあたり5分40秒を維持していましたが、後半に入っていつの間にか5分30秒ペースになっていました。給水があると少しロスして5分40秒くらいになるというペースでした。痛みが出るとマズイのですが、これでも痛みが出るところまでいかなかったので、まあいいかと。

このレース、暑さが懸念されているのだと思いますが、給水の間隔は極めて短く設定されていて、それに加えてミストシャワーやスポンジも用意されています。沿道のホテルが私設エイドを設置するなど、とても恵まれた環境だったと思います。給水ポイントではしっかり水分補給すると同時に、頭や首筋に水をかけて体温が上がりすぎないようにケアしていました。

川沿いの道もあとあわずかとなる19km地点あたりで高橋尚子さんがコースでランナーとハイタッチを交わしているところに遭遇。高橋さんとタッチするのはこれが何度目か覚えていませんが、ありがたく力にさせていただきました。このあたりの道路は「高橋尚子ロード」と名前がついているところがあるようです。高校時代に練習していたコースだとか。さらにこのあたりで、筆者が着ていたザスパクサツのユニフォームを見て声をかけてくださったグランパスサポさんがいらっしゃいました。少し言葉を交わさせていただき、こちらも力になりました。ザスパはなかなか勝てませんががんばります。

20kmを過ぎると川沿いを離れ、スタート地点から数キロ走った金華橋通りをメイン会場のメモリアルセンターに向かって走ります。若干の下り坂なので、そして残りが見えてきたので、痛くならないレベルでスピードを少し上げてみました。おそらく1kmあたり5分10秒くらいと思います。それでも痛みが出なかったので、このままゴールまで維持することにしました。ほどなくメモリアルセンターが見えてきて、競技場に向けてセンターの中に入ります。競技場に入ると、残りは100メートルちょっとトラックには野口みずきさんがランナーとハイタッチを交わしていました。高橋さんに続いて金メダリスト二人とタッチできるなんてすばらしい。そのまま勢いを失わずにゴールに駆け込みました。

ゴールの様子(同行者写す)

記録はグロスで2時間2分台、ネットで1時間58分台。自重しながらのレースだったので、この記録は上々だと思います。もしかしたら暑さの中だったので、自重したからこその記録だったのかもしれません。いずれにせよ、約2週間の「お休み」期間直後にしては普通のタイムで走れましたので、満足です。

終了後は荷物受け取り、着替え(この案内もわかりにくかった・・・)をすませ、再び競技場前に戻ってフードサービスへ。ケンミンショーで見かけた「明宝ハム」の串揚げ(ハムカツ)とビール。青空の下で美味しくいただきました。

次のレースは恒例の山中湖ハーフ。5月下旬まで1カ月ありますので、キズをじっくりと治して準備します。まずは再び1週間くらいお休みして、痛みを完全に取るところから始めます。

💬 コメント

投稿者:topsyureiさん (2017年04月27日 10:07)

元気になって良かったですね。体調がよくて練習が十分でしたら50分は切れてたかもしれませんね。貴君の年代でしたら未だ伸びしろがありますので是非40分台は欲しい所です。岐阜は近いですが清流は走ったことがなく今年は開催が4月になりましたが、でも暑くなったようですね。今シーズンは珍しくハーフは一度も走らずに終わりましたが来シーズンは円谷メモリアル等フルに挟んで走る予定です。5、6、10月とウルトラがありますので長い距離も踏んでいくつもりですのでもう少し頑張ってみます。

投稿者:route507さん (2017年04月27日 13:18)

ありがとうございます。まだ若干の痛みが残っていますので、今週一杯休んで、次に備えます。
「たられば」はきりがないので、次で挽回します。ちょうど1カ月後に山中湖ハーフがありますので、ここを目指してがんばります。
それにしてもウルトラ3回はすごいですね。お互いがんばりましょう。

投稿者:route507さん (2017年04月27日 13:18)

ありがとうございます。まだ若干の痛みが残っていますので、今週一杯休んで、次に備えます。
「たられば」はきりがないので、次で挽回します。ちょうど1カ月後に山中湖ハーフがありますので、ここを目指してがんばります。
それにしてもウルトラ3回はすごいですね。お互いがんばりましょう。