旧東海道ウォーク(31) 土山宿~水口宿

ゴールデンウィークに土山宿に到達後、旧東海道ウォークはしばらく止まっていました。5月のエクストリームウォーク後に体調不良を起こしたり、同行者の体調が悪かったり、悪天候が予想されていたので計画を取りやめたり、そんな理由が重なって7月に突入してしまいました。暑くなる前に京都に着こうとしていたのに近畿地方は梅雨明けして連日の猛暑です。そんななかで突然再開しました。まずは一泊2日の1日目、土山宿から水口宿の記録です。

今回は現地まで新幹線を利用して移動しました。深夜バスは十分な睡眠が取れずに体力が持たないうえに、日程変更が柔軟にできない(キャンセル料が高い)ことが理由です。5月や6月に出かけようとしては取りやめるのを繰り返していたのでキャンセル料ばかり取られてしまっていました。6時台の「ひかり」で米原へ。在来線を草津で乗り換えて貴生川へ。ここからバスで近江土山に移動しました。途中、草津駅で荷物をコインロッカーに預けました。この日は草津に泊まる予定です。貴生川駅近辺にホテルがあればベストな選択だったのですが、そういう都合のいいホテルは無さそうでした。貴生川でバスを待つ時間が意外と長く、土山に着いたのは11時30分過ぎくらいになり、スタートがお昼近くになってしまいました。

前回終了した土山宿の本陣前をスタートしました。土山は旧東海道を意識して景観を作っているようです。街道を歩いていくと、旅籠跡、問屋場跡など説明の表示が充実しているのがわかります。旧東海道を示す統一された看板が立っていて道を間違っていないことがわかるのもポイント高いと思います。といってもほとんど一本道ですが(笑)。

土山宿本陣前
あちこちに信楽焼のタヌキさん
土山宿問屋場跡
街道の雰囲気を保存しています

まもなく、この日いちばんの難所に差しかかります。土山宿を出て進んでいくと野洲川に出て、当時は野洲川を渡っていたようですが、現在は橋がかかっていないので通れません。現地の案内図は野洲川の手前で左折して迂回させようとしています。でも、筆者のようなひねくれ者は通れないとわかっていても渡しの場所まで行ってみたくなるものです。下り坂を下りて川が見えるところまで進んでみました。川は十分な水量の水が流れていて、とてもではありませんが現代人がここを渡るわけにはいきません。渡しの場所を見るだけにとどめて、下りてきた坂を引き返し、迂回路に進みました。

迂回を促す案内板
野洲川に向かう途中、小さな祠がありました
この先は川なので立ち入れません

迂回路の現代の橋(白川橋)を渡り、こんどは渡しの対岸に出てみようとしましたが、途中で柵で遮られていました。ここで止められてしまいましたが、川が見えるところまで降りたのでこれで満足です。

現代の橋で迂回します
対岸ではここから坂を下ります
風化していますが馬子唄の歌碑だそうです
坂を下りると河川敷に入る手前に柵がありました

ここからは再び旧東海道を進みます。国道1号を横断して進んでいくと、明治になってから開通した橋(歌声橋)につながる道路との合流点に出ました。近くに「土山そば」のお店があったので、ここでお昼をいただくことにしました(といっても、まだ開始から1時間くらいしか経過していませんが・・・笑)。このお店は人気店のようで、多くのお客さんが入店を待っていました。名簿に名前を書いて呼ばれるのを待ちましたが、日陰で待つことができるまで時間がかかり、日陰に入っても待ち時間が続きました。後から考えると割と長時間待っていたような気がします。ようやくお店に入って、オーダーしたのは冷たいそばと天ぷらのセット。薫り高いそばで天ぷらもサクサクで美味しい。これは良いお店に入りました。食事後、さきほどの道路の合流点に戻って再開。時刻は14時でした。待ち時間を含めて1時間半くらいお店に滞在したことになります。

旧東海道を進みます
ここが明治の道との分岐点
土山そばのランチ。美味しくいただきました

街道を進んでいくと瀧樹神社の鳥居がかなり遠くに見えました。相当な規模の神社のようです。この神社の他にも神社・寺院が見られ街道らしさを感じました。そして信楽焼の狸があちこちに置かれているのもこの地域の特徴です。

珍しく信号機に斜線の板が付いています
瀧樹神社の説明板
瀧樹神社の鳥居は街道から少し遠く感じます
地安禅寺
こんな感じの街道です
垂水頓宮御殿跡説明板
諏訪神社

市場の一里塚の名称は市場村という地名に由来しているようです。おそらく市が開かれていたのだと思いますが、はっきりしません。大野市場一里塚が正式な(?)名称のようです。その先に地図上では「松並木」の記載がありますが、実際には松の木は1本のみでした。そして驚いたのはシーボルトとトキの剝製に関する説明板。シーボルトはこの辺りに宿泊したことがあり、トキの剥製を買い求めたとか。その剥製は現在もオランダ・ライデンの博物館に所蔵されているそうです。また、何やら意味深そうな漢詩の碑もありました。土山のお茶の素晴らしさをうたっているようです。そして茶摘み娘の飛び出しくん(笑)もありました。そして、魅力的なカフェがありましたがお昼から時間が経っていないのでスルー。

市場の一里塚
花枝神社 一の鳥居 神社そのものは国道1号のさらに先にあります
シーボルトとトキに関する説明板
漢詩
漢詩の説明 土山のお茶を称えている詩ということでしょうか
茶摘み飛び出しくん

「大野」という交差点で国道1号を渡るのですが、スマホに「まもなく雨が降り出す」との通知がありました。雨雲レーダーを見ると雨雲の固まりが近づいているようです。屋根のある場所でしばらく待機しました。雨雲の通過を確認してから再開したのですが、しばらくすると再び雨が……。しかも雨粒が大きい。どこかに退避したいと思ったタイミングで古民家カフェが目の前にありました。ありがたい。迷わず入店し、アイスコーヒーをいただいているうちに日差しが戻ってきました。古民家カフェの名前は「一里塚」です。すぐ近くに今在家の一里塚跡がありました(立て札あり)。

赤甫亭というお店の前に三好赤甫先生(俳人)を偲ぶ石碑。そして三好赤甫先生に関する説明板。こちらの屋根の下で雨宿りさせていただきました(笑)
古民家カフェでアイスコーヒーをいただきました
今在家の一里塚跡
古民家カフェ一里塚さんを出て歩き始めたらお店の看板がありました
宝善寺
岩神社

水口宿が近づいてきました。かなり古いマンホール蓋などを写真に収めながら進んでいきます。また松並木の説明板がありましたが、こちらは松の木はまったくありません。伐採されてしまったのでしょう。そのまま進んでいくとちょっとした坂を上っていった先に水口宿の東見附がありました。水口宿に到着しました。

いったん県道に合流するが再び分岐して右に進みます
「電話」が右書きのマンホール蓋。かなり古いものに見受けられる。AIさんによれば昭和初期のものではないかとのこと
水口宿に向かいます
八幡神社
案内板に従って右に進みます
松並木の説明板ですが松の木はありません
水口宿東見附
水口宿東見附の説明板

水口宿は三筋の街として知られていて、その名の通り3本の通りがあります。その中央の筋が旧東海道とされているので、そこを進んでいきました。本陣跡などを脇に見ながら進んでいくと魅力的な和菓子屋さんがありました。こちらで本日のおやつを購入。夕食後にデザートとして食べることにしました。

宿場に入りました
飛び出し家康さん
脇本陣跡
本陣跡
三筋の町。ここは左に進みます
左に進む説明があります。この先の分岐を右に進み、三筋の中央を進むことになります
和菓子屋さん(一味屋さん)

さらに進むとからくり時計があります。その先の石橋で本日は終了することにしました。まだ明るい時間が続くのでこの先の石部宿あたりまで進んでおくと翌日が楽なのですが、近江鉄道の水口石橋駅がすぐ近くです。宿までの足を考えて、こちらで終了としました。すぐ近くに良さそうな肉屋さんがありましたが、残念ながら生肉だけが販売されていて、揚げたコロッケなどはありませんでした。あれば買ったのに…。

問屋場跡
からくり時計①
からくり時計②
石橋。近くに水口石橋駅があります。ここで終了としました
石橋の説明板

電車を乗り継いで草津に戻り、予約したホテルに宿泊しました。続きは翌日。