旧東海道ウォークを約半年ぶりに再開しました。昨年の12月以来になります。マラソン大会の日程を優先していたので、マラソンのオフシーズンであるこの時期になりました。前回の終了地点である丸子宿の手前、丸子二丁目バス停近くの交差点からスタートして、藤枝宿まで歩きました。
青春18きっぷを使用して朝、自宅を出発。静岡駅からバスに乗り丸子二丁目のバス停に移動。この先の交差点が今回のスタート地点です。ここまでの移動に時間がかかってしまい、歩き始めはお昼に近くなってしまいました。よりによっていちばん暑い時間帯です。
少しだけ残る松並木を過ぎ歩いていくと、しずてつストアやしずてつバスの営業所など静鉄の拠点がありました。スーパーを覗いてみたい衝動を抑えて、そのまま進みました。まだ歩き始めたばかりなので寄り道するようなタイミングではありません。徐々に道が細くなり、旧街道っぽくなってきました。
ほどなく丸子名物である「とろろ汁」の丁子屋さんに着いたので、ここでお昼をいただきました(そのような予定にしていました)。まだ1kmちょっとしか歩いていませんが。「丸子定食」をいただきました。麦飯にとろろ汁、香のもの、味噌汁のセット。とろろ汁は味噌出汁で味がついていますので、麦飯にかけてそのまま(醤油などはかけずに)いただきます。麦飯はおひつで提供されました。とろろ汁の分量に合わせて茶碗2杯分の麦飯をスルスルといただいてしまいました。普段は食べない量です。メニューには定食のほか一品料理などもあって、夜にも楽しめそうでした。ただし営業時間は19時までだったと思います。
丸子宿を出て暑い舗装道路を進みました。日差しが強く、遮るものがありません。西に向かったり南に向かったりが多いので、必然的に正面から日を浴びることになります。最初は国道1号の左側を進みますが、途中で歩道橋を渡って右側を進みます。ところどころで国道1号の歩道に合流したり、また離れたりしながら進み、宇津ノ谷一里塚跡で再び歩道橋で左側へ移ります。旧街道を造る際にはくねくねせざるを得なかった道筋を、現代の道路は技術力でまっすぐ通したのだと思います。旧道と現代の道路の位置関係を見ているとそんなことが感じられます。
宇津ノ谷峠の道の駅に立ち寄り、ペットボトルのお茶を購入。水分補給が欠かせません。道の駅付近には旧東海道(江戸時代の道)よりさらに古い「つたの細道」の入り口があります。こちらにも興味津々ですが、今回の目的から外れるので立ち寄りません。旧東海道は道の駅の先で再び国道1号の右側に出るのですが、車道を渡るか歩道橋を渡るか迷いました。車道には歩道がなく歩きにくそうでしたが、交通量がそれほど多くないので車道(の路肩)を歩くことにしました。これで正解だったのかどうか。不安だったので歩道橋のたもとまで歩き、一応どちらの橋も歩いたことにして自分を納得させました。どっちが正解(旧東海道に近いルート)だったのでしょう?
この先でたどり着くのは宇津ノ谷集落です。ここは道幅と街並みに当時の雰囲気を残しているのでしょう。割と急な坂ですが歩きやすく舗装されていていました。独特の雰囲気でした。そしてその先には宇津ノ谷の峠越えが待っています。ここには「明治のトンネル」をはじめ大正、昭和、平成のトンネルもありますが、これらはつたの細道と同様に今回の目的から外れますので、トンネルを通らず峠を超えるルートをとります。この旧東海道ウォークでは「人力」さんのルートに従っていますが、ところどころルートがはっきりしないところがあります。この峠越えもはっきりしないうえにGoogleさんのストリートビューもありません。それにGoogleMapもいまひとつ正確ではないような気もします。こういう状況なので現地で判断するしかありませんでした。
集落から続く街道を進んで行くと、T字路に「←明治のトンネル、旧東海道→」の看板がありました。ここが地図ではっきりしないポイントだったのですが、この看板ですっきりしました。指示通りに右に進みます。すぐに山道(峠)の入り口がありました。階段上に整備されていますが、舗装道路ではなくいわゆる山道です。
山道を進んで行くと、人力さんをはじめ数多くの資料の通りに「雁山の墓」や「地蔵堂の石垣」といった史跡が現れて、このルートが「旧東海道」だとわかります。しっかり旧東海道を進んでいるつもりでしたが、途中の説明板で少し驚きました。明治43年の大雨によりこの付近の地形が大きく変わってしまい、江戸時代の旧東海道はいま歩いている「整備された階段」より山側を通っていたようです。つまり史跡の残る「旧東海道」といえども江戸時代の道を正確にトレースしているわけではないということです。旧街道だった時代から150年以上が経過しているわけで、自然災害もあるだろうし、整備や開発も行われています。正確に街道をトレースするのはそもそも無理なのだということです。ここ以外にも開発により正確にトレースできていないところは多くありました。そういうところはできるだけ旧街道に近いルートをとるしかありません。ここも「旧東海道」に最も近いルートだと納得して通りました。
その峠を歩いていると遠くから雷鳴がゴロゴロと聞こえてきました。スマホの天気予報サイトを見ると北側に大きな雨雲の塊があります。峠で大雨に当たるとやっかいなことになるので、できるだけ早足で峠を下りました。いくつか史跡がありましたがほとんどスルーです。急ぎ足なので転倒などに注意しつつも下り坂を下りました。旧東海道岡部口という表示のあるポイントで山道を終えて、舗装道路に合流しました。ここは「つたの細道」との合流点でもあったようです。ここから先は舗装道路であり、いざとなれば屋根のある建物に避難することもできると思います。と思いましたが、雷鳴はいつの間にか聞こえなくなっていました。
この先も大きな国道に付かず離れずといった感じで進んで行きます。途中、自販機で水分(お茶)を購入しました。どんどん消費していくので、補給が欠かせません。岡部宿の大旅籠柏屋の手前で進路を南に変えます。その手前に岡部宿江戸見附などもあったはずですが、暑さで集中力を失っていたのか、気づかずに通過してしまいました。また、柏屋にはカフェ的な施設が併設されているように見えました。休憩を取りたいところですが、時間を優先して通過しました。
火の見櫓が残る交差点を現在の基幹道路から左にそれるように旧街道が整備されていました。このあたりが岡部宿の中心になるのでしょうか。「小野小町姿見の橋」とか、興味深い史跡もありましたが長居せずに通過しました。藤枝市岡部支所の近くが上方見附であり、岡部宿はここまでになります。ここまで多分当時の道幅を残す宿場を通り抜けました。
ここからは当時の街道よりはかなり道幅が広くなった現代の道路と重なっているようです。歩道を通り、南下していきます。ところどころに松林があるのは残っている松なのか、新しく整備した松なのか。おそらく後者だと思います。引き続き南下していくと、国道1号のバイパスが高架になっていて、この高架をくぐるように先に抜けます。抜けたところから右斜めに入っていく道が旧東海道の道筋です。ここにあった石碑を見て驚いたのですが、この先の「横内」地区は岩村藩の領地だったようで、碑は岩村藩と地元田中藩の境界を示すものでした。岩村藩といえば現在の岐阜県にあたるわけで、いわゆる飛び地になります。街道に領地を持つことが藩のステータスだったのでしょうか。興味深い歴史です。
今度は当時の道幅と思われる道路になりました。ここが岩村藩の領地だった横内地区なのだと思います。途中には横内地区の案内板などもありました。そのまま進み、歩道橋を使って大きい道路を越えると、また領地の境界を示す碑がありました。岩村藩の領地はここまでなのだと思います。
再び当時と同じと思われる幅の道を進んでいきます。八幡橋という橋を渡り、さらに進んでいきます。この先で突然大型のホームセンターの敷地に突き当たります。人力さんのサイトに従い、ホームセンターを迂回するようにクランク状に曲がって進んでいきます。その先とても公道とは思えないルートを通り、県道(島田岡部線)に合流します。この公道とは思えない場所にこのエリアの旧東海道と現代の道路構成を重ねた説明板がありました。こういう説明板があること自体が公道であることを示しています。また、この説明によれば現代の道路構成と旧東海道の道路構成は大きく違ってしまっているようです。人力さんのサイトではここで県道を渡ることになっていますが、横断歩道も信号も何もないので、県道を次の信号まで歩き、そこで横断しました。先ほどの説明板によれば、これでも旧東海道に近いルートを通っていますので、OKとします。人力さんのルートと違いますが、ここはこれで良いと思います。
上記GoogleMapの細く「東海道」とかかれた道筋が上記写真のルートにあたります。
地図上で「さわやか通り」と名前がついた通りを南西に向かって進みます。徐々に時間が気になり始めました。今日は使用するきっぷの都合で各駅停車で帰るので持ち時間に限界があります。同行者がいるので無理な速度にはできませんが、今回は丁子屋以降はどこでも休憩を取らずに進んできました。この先も休憩無しで進みます。
セブンイレブンの近くでお神輿が近づいてきました。交通整理の大人に聞くと、子供たちだけで企画して、上級生がリーダーになっているのだとか。大人は誘導や交通整理だけのようです。このセブンイレブンで休憩をとるそうです。子供たちの成長を促す企画なのでしょう。興味深い取り組みです。セブンイレブンで飲み物を買いました。時刻は18時半を過ぎ、薄暗くなってきました。
そのまま進んでいくと小規模ながら商店街があったり、そのなかには沿道にお祭りの提灯が下がっているエリアがあったり、いろいろ気になりました。「月の砂漠」の歌詞を描いたシャッターのお店があるのも気になりました。あとから調べると作詞の加藤まさをさんが藤枝出身とのことです。そこも含めて、時間をかけて見ていられなかったのが残念です。宿場をあっという間に抜けてきた感じです。近くにある田中城も気になりました。時間がなくて残念です。
19時過ぎに藤枝駅に近い青木交差点に到着。今日はここで終了とします。約20kmの行程でした。この暑さのなかで20km進んだのは上出来だと思います。
藤枝駅のホームで電車を待つ間にビールを飲み、喉を潤しました。お店に入って飲みたいところでしたが、仕方ありません。電車を乗り継いで24時近くに帰宅。長い一日でした。電車に乗ってからSNSなどを見ていると沼津や熱海で花火があったようで、ここから先で混雑するのではないかと心配でしたが、結局それほどの混みかたに至らず助かりました。
次は藤枝から島田、金谷を目指します。

































