今回は宮宿から桑名宿です。前回までの旧東海道ウォークはまだ宮宿よりは遥か手前の新井宿までですので、今回はかなり先取りになってしまいます。
この区間の旧東海道は海路を船で渡ります。現在の国道でいえば海上区間といったところでしょうか。距離にして約28km(7里)なので「七里の渡し」と言われています。NO法人「堀川まちネット」さんが学習会として年に2回程度、この区間を船で渡る企画をされています。今回、この企画に参加させていただきました。
実際に参加してわかったことですが、諸々の制約があり、営利団体が事業として企画するには難しいようです。NPO法人ならではの企画で、困難を乗り越えて実現されています。敬意を表しつつ船旅を楽しませていただきました。
まずはアクセスから。宮宿は現在の名古屋市熱田区にあたり、渡し船が発着する七里の渡し跡は地下鉄熱田神宮伝馬町駅が最寄りになります。4番出口から南西方向に進んだ交差点を本日の出発点としました。おそらく年明け頃に筆者の旧東海道ウォークは宮宿に到達しますが、そのときはこの地点を目指すことになります。
ちなみに夜行バスで名古屋に到着後、朝早くから営業しているお店(ダイヤコーヒーさん)でモーニングをいただき、その後は熱田神宮に参拝しました。このため、実際には最寄りの熱田神宮伝馬町駅は利用しておりません。熱田神宮から本日の出発点までは徒歩10分程度です。
出発点からまずは北東方向に進みますが、旧街道らしい道幅です。突き当たった交差点には道標がありました。また「ほうろく地蔵」の祠もあります。「ほうろく地蔵」は調べていません。詳細不明です。ここを右に進むと熱田神宮の正面に出るようですが、東海道はここを左折します。しかしすぐに大規模な現代の県道が行く手を遮ります。県道の先に街道の続きが見えていますので、歩道橋をわたって街道に出ます。まっすぐ進んでいくと七里の渡し公園です。
ここには渡し船の桟橋が保存されていました。そのすぐ脇が今回乗船する船が発着する桟橋になります。すぐ近くで9時30分から乗船の受付が始まりました。記念品や説明のパンフレット、お土産のお菓子などを受け取り、乗船の列に並びました。9時40分頃に乗船が始まり、船内で待機しました。どんな旅になるかわくわくする時間でした。ちなみにこの間にどこかでモバイルバッテリーを紛失しました(涙)。
ここからは約2時間の船旅になるのですが、ルートを文字で説明してもわかりにくいだけなので、GPSで記録したルートを掲載します。
実際には36kmくらいの船旅でした。七里ではなく九里くらいだったということになります。江戸時代と比べれば埋め立て地が増えていて、当時のような航路を通ることもできないのだと思います。また、江戸時代でも大きく海側を回る航路もあったようで、その場合は十里ほどだったとのこと。「七里」は最短ルートだったのでしょう。また、木曽三川が上流から運んでくる土砂の影響で水深が変わったところもあるようです。実際、揖斐川を桑名に向かって遡上するあたりではかなり左岸(向かって右)に近いところを航行していました。右岸は堆積物が多いのだと思います。
2時間の船旅の間、配られたパンフレットを参照しながらNPOのスタッフの方、桑名のスタッフの方から航路や街道について説明をいただきました。たいへん興味深い説明でした。
桑名側では揖斐川に設けられた七里の渡しの実際の跡地に船を付けることはできず、少しだけ上流の河岸に船をつけました。ここは一般的に乗降が認められている場所ではなく、特別に許可をとって利用しているそうです。ここで下船しました。時計をみるとちょうど出発から2時間後の正午でした。
スタッフにお礼を言って実際の七里の渡し跡を見学しました。そして旧東海道を少しだけ南下。八間通りとの交差点で本日の旧東海道ウォークを終了しました。といってもほとんどが船旅であり、歩いたのはほんのわずかですが。
お昼時になりました。桑名といえば蛤(ハマグリ)ですが、残念ながらこのあたりのお店で一般的に出されている蛤はほとんどが輸入ものなのだとか。これも船内で聞いた説明で知りました。だったら蛤を食べる必要もなく、近くの雰囲気が良さそうな喫茶店に入りました。ランチメニューのなかからオムライスを選択。具だくさんのチキンライスにオリジナルのデミグラスソース。ボリュームも味もすばらしい。よいお店に入りました。禁煙だったらもっとよかったのですが。
ランチ後は桑名駅に移動して、桑名を後にしました。次の予定に向かいました。筆者の(本来の)旧東海道ウォークは次回、新居宿から再開します。本日先取りした宮宿に着くのは1月になると思います。スタッフのみなさま、ありがとうございました。
























