月曜日は休暇を取りました。続日本100名城に指定された河後森城を訪問します。
ホテルで朝食後、宇和島から極端に本数の少ない列車(予土線)に乗って松丸駅へ。降りたのは我々2人のみ(笑)。お洒落な駅舎を背にして歩き始めます。正面に酒蔵がありました。野武士というお酒を造っているらしい。道案内に従って右へ。さらに案内に従って左折。坂を上ります。小学校の周囲を沿うように進み、やや大きめな道路に出ます。左折して進むと河後森城の駐車場入り口の看板が見えます。ここを看板に従って進み、登城口に着きました。ここまで公称20分ですが、もう少しかかったような気がします。
河後森城は戦国時代に築城された山城で、秀吉による四国平定までは戦闘の部隊だったようです。防御を目的とした城ということもあり、残存している曲輪や土塁などへのアクセスには難があります。登城口の案内図で現在地とこれからの進路を確認します。時間が十分にあれば本郭まで進みたいところでした。本郭から松丸駅方面に下りる下山道もあるようです。しかし、高温と城での持ち時間の短さを考えて本郭は回避して、続100名城のスタンプが設置されている西十番曲輪を目指すことにしました。
登城口からは非舗装の山道になります。何カ所かスタンプのある曲輪までの案内が掲示されていました。役所や観光協会などへ問い合わせがあるのかもしれません。本郭までの道のりに比べれば曲輪までは楽な方だと思います。とはいえスタンプが山の麓や役所などにある場合に比べて押印が難しいことは間違いありません。
山道を登ること15分くらいで無事に目的の曲輪に到着しました。坂のきついマラニックの翌日ですので、無理な歩き方はしていません。曲輪には小ぶりの建物があり、地元小学生による城の研究成果が掲示されていました。宇和島城との比較など着眼が面白いです。本郭に建てられた天守が宇和島城の櫓として移築されたのではないかという説もあるようなので、よけいに興味深いところです。
曲輪からの景観を楽しんだ後、来た道を戻り松丸駅へ向かいました。本郭を通る方が距離的には短そうですが、高低差を考えると今日は回避するのが無難だと改めて思いました。
松丸の旧街道を見たりするなどしてから駅に戻りました。松丸街道はかなり栄えていたのですね。駅舎には温泉施設(有料)や足湯(無料)もありましたが、マラニックで傷ついた脚にはきついのでやめておきました。本数の少ない予土線で宇和島に戻りました。これを逃すと約3時間後です(笑)。
宇和島に戻る列車はなんと新幹線(0系)を模した「ホビートレイン」でした。存在は知っていましたが、まさかここで巡り会えるとは。車両内には本物の新幹線で使われていた座席もありした。







