旧東海道ウォーク(25) 吉田宿~藤川宿

前日に続いて #旧東海道ウォーク でした。宿泊地の豊橋(吉田宿)を出発して、御油宿、赤坂宿を通り、藤川宿まで歩きました。

宿泊地の豊橋で軽く朝ラン後、シャワー、朝食とのんびりしていたらスタート時間が10時少し前になってしまいました。せっかく泊まっているのだから早めにスタートしたかったのですが……。

出発地は豊橋駅に近い吉田宿から。出発してすぐに豊川にかかる橋が「豊橋」です。市名はここからきているのでしょう。橋をわたってすぐに左折して西に向かいます。ほとんどの場所に歩道があるので歩きやすく感じました。一部は道路の拡幅途上なのか、歩道が車道と同じくらいの道幅だったりします。豊橋市内は旧東海道を示す標識や史跡が多く、街道へのリスペクトが感じられました。下地の一里塚跡や市場の前を過ぎて、豊川市に入ります。

本日のスタートは吉田宿。前日にはこの碑に気づいていなかった…
豊橋の光景
旧東海道を示す標識。助かります
豊川稲荷の遥拝所がありました
下地の一里塚跡
歩道が十分に広く歩きやすい
市場前を通過
豊川市に入りますが、いきなり歩道が無くなります

少しずつ道路状況が変化してきて、歩きにくくなりました。なかでも「豊川放水路」にかかる橋は車道のみで路肩が全くなく、歩くのに適した場所がありません。大型車が来ないことを念じつつ歩きました。

子だが橋の説明板。悲しくなる説明です……

伊奈の一里塚跡を過ぎて進んでいくと、ガードマンが交通規制をしている場所に差し掛かりました。通行止めの意味で黄色いテープが張られていました。規制対象はクルマだけだろうと思い、進もうとすると、歩行者もダメとのことでした。その先をよく見ると電柱が倒れかかっていて、標識は落ちる寸前です。交通事故でもあったのでしょう。これでは通れません。迂回せざるを得ませんでした。工事中など一時的な理由で街道をトレースできない場合は近い道路を迂回しつつ、後日リベンジすることを「マイルール」にしています(ここまで箱根西坂、薩埵峠、菊川間の宿がこれに当たります)。この50メートルくらいの区間のためにリベンジしないといけないのでしょうか。タイミングが悪すぎです。

伊奈の一里塚跡
電柱が倒れかかっていて、標識は今にも落ちそうです
迂回後に振り返ってみました

交通規制を迂回してもとの街道に戻ります。少し進んだところにコーヒーショップがありました。まだお昼には少し早い時間ですが、せっかく良さそうなお店を見つけたのでここでランチをいただきました。近くのテニスコートのお客さんで賑わっていました。ミックスサンドとコーヒー。お店の名前は「わたなべ珈琲店」さんでした。間寛平さんが「アースマラソン」の際に食事に立ち寄られたそうです。色紙と写真が飾られていました。

ランチはコーヒーと
ミックスサンドをいただきました

ランチ後に再び歩き始めたところ、すぐに大型の道路が旧東海道を遮っている交差点に出ました。ここは迂回せざるを得ないし、一時的理由による迂回ではないのでリベンジ対象でもありません。近くの横断歩道で大型の道路を横断して、再び旧東海道を歩きます。このあとすぐに国道1号に合流しますが、国府駅の近くで再び国道1号と分岐して左に進みます。

大型の幹線道路に行く手を遮られました
国道1号から分岐して左に進みます

大きな幟が立った秋葉神社の前を過ぎ、御油の一里塚跡を過ぎると姫街道との分岐点に差し掛かります。姫街道はたしか磐田駅の近く(見付宿)で旧東海道と分岐していました。浜松から鰻を食べに出向いた気賀も姫街道が通っていたはずです。ここで東海道と合流するということがわかりました。

秋葉神社
御油の一里塚跡
姫街道との分岐点

御油橋を渡って進んでいくと、少しだけ道がずれている十字路に出ます。「曲尺手」の一種なのでしょうか。このあたりからが御油宿になります。街並みの図面が街道沿いに掲示されていて、昔の姿を想像することができます。旅籠の名称なども書かれているので、見ていて楽しい図面です。

御油橋からの眺め
御油宿跡の街並み
御油宿の説明板。かなり丁寧に説明されている

その先の方には松並木が保存されていて、昔の雰囲気を想像することができます。もちろん現在は舗装された道路なので、当時とは違う姿なのだとは思いますが、道幅はおそらく昔のままだと思います。

松並木で往時の雰囲気を知る

御油宿を出るとすぐに赤坂宿 です。ここは2kmしか離れていません。上りと下りで宿場を使い分けていたようで、実質的にひとつの宿場として機能していたのでしょう。御油宿もそうでしたが、赤坂宿も街道沿いに本陣、旅籠などの跡地が示されていました。案内図なども充実しています。

赤坂宿に入りました。本陣跡の説明板
旅籠を再現(?)
赤坂宿には御油宿と赤坂宿を合わせた説明板がありました

赤坂宿を出るとしばらくは田園風景を進みます。生け垣の中に郵便ポストが埋もれていたり、ほとんど読めなくなっている長沢の一里塚跡を通り過ぎていきます。やがて国道1号に並走するようになり、合流します。このあたりはあまり見どころがなかったような…。

生け垣に囲まれたポスト
長沢の一里塚跡(字がかすれて読めない)
なんとなく昔の雰囲気を残す道路。国道1号にほぼ並走しています

国道1号上で岡崎市に入るころには15時半をまわり、夕暮れが迫ってきました。明るい時間があまり残されていません。国道1号に沿うように進んでいくと、「本宿」というあたりで旧東海道は左に分岐します。比較的新しく作られたと思われる道標がありました。

国道1号に合流し、岡崎市に入ります

本宿の分岐のあとは比較的静かな通りを進んでいきます。クルマの数もすくなく、歩きやすい場所でしたが、歩いている人も少ないようです。民家が多い場所なので人がいないわけではないと思いますが、不思議です。

「本宿」というエリア。地名からいうと間の宿なのでしょう
本宿の分岐点。現代の道しるべ
本宿の街並み。歩きやすいがほとんど人とすれ違わない

本宿の一里塚跡を過ぎて進んでいくと再び国道1号に合流します。ここで道路の左側から右側に移りました。この先で今度は右に分岐する場所があるためです。名鉄の山中駅手前くらいで道路からスロープを降りるように国道から分岐します。分岐した静かな道を進み、山中駅を過ぎ、再び国道1号に合流します。

本宿の一里塚跡
名電山中駅手前で歩道から下に降りるスロープへ
藤川宿へ向かいます

最終的に左に分岐するので、再び国道1号の左側に移りました。少し薄暗くなってきたなかを進み、ラブホテル前、コンビニ前を進み、ようやく藤川宿の東棒鼻に着きました。

薄暗くなってきましたが藤川宿に到着
藤川宿の東棒鼻跡

ここからが藤川宿になります。写真を撮りつつ進んでいきますが、もうかなり暗くなってきています。宿場を進む道路は町並みの景観を保存しているようで、とても興味深いのですが暗くなってきたのに加えて、クルマが数多く行き交っていて少し危なくも感じました。藤川駅近くの藤川宿西棒鼻跡で終了しました。時刻は17時30分くらいでした。

藤川宿の街並み。景観を保存しているのだと思いますが薄暗いのでよくわからない…
藤川宿本陣跡。こういう写真を取っている間にもクルマが走り抜けていく
西棒鼻跡で本日は終了としました。藤川駅のすぐ近くです
iPhoneのカメラ(ダークモード)で何とか文字を読めるという状況(実際には暗いです)

藤川駅の改札は宿場とは線路を挟んで反対側になります。改札側に出てみると巨大な石像が見えました。おそらく家康公だろうと思って近づいてみると、予想通り家康公の像でした。これは大きい……。

藤川駅前の巨大な家康公像

藤川駅から名鉄で豊橋に戻り(電車だと30分くらい…笑)、ホテルに預けた荷物をピックアップ後、新幹線で帰宅しました。年内の旧東海道ウォークはここまでです。年明けに再開して、年度内くらいのゴール(三条大橋)を目指します。