旧東海道ウォーク(19) 諏訪原城跡~掛川宿

今回のスタートは前回の続きなので、金谷駅からバスで15分ほどの諏訪原城跡の前。ここから掛川宿まで歩きました。約14kmの道のりでした。

金谷を出るバスは10時55分の便が土日の「始発」です。朝、自宅を出て青春18きっぷで金谷の先、掛川を目指しました。今日は掛川で宿泊する予定なので、先に荷物を掛川に置き、金谷に引き返してスタート地点に移動するつもりでした。しかしながら東海道線が踏み切りの安全確認やお客様の対応で遅延していて、掛川で荷物を置いて金谷に戻るとバスに間に合わない可能性がでてきました。やむを得ず掛川に荷物を置くのを諦めて、金谷で降り、荷物をコインロッカーに置いて歩くことに方針変更。掛川に到着後、電車で荷物を取りに金谷に戻ることにしました。歩き終わったあとで面倒ですが、やむを得ません。

予定通り10時55分のバス(マイクロバス)に乗り、11時10分に諏訪原城跡に到着。料金は1人200円でした。タクシーだと1000円くらいかかりそうなので、バスに乗れてよかったと思います。諏訪原城向かいにお茶の無人販売所があり、同行者はいきなりお土産としてお茶を購入していました。まだ出発していないのに。

諏訪原城跡の前を出発しますが…

11時15分に諏訪原城前を出発。なのですが、すぐにランチのため目の前のお店に入りました。きょうこれから歩くルートでは、この先にお昼を食べられそうなお店が無いのです。諏訪原城すぐ近くの「こもれび」さんでした。実質、今回はランチ後にスタートと言った方がよさそうです。

すぐにランチにしました。「こもれび」さんの「なすのアラビアータ」です。美味しくいただきました

菊川の石畳の下り坂から再開しました。ここは石畳で整備されているとはいえ、現代人にはあるきにくいものです。この日は天気がよかったので大丈夫ですが、雨だったり雨の翌日だったりしたら、つるつると滑りそうです。丸石なので余計にそう感じます。ちなみに石畳の一部は現代になってから再整備されたものではなく、江戸時代のものが残っているそうです。そんな歴史を踏みしめながら石畳を降りました。

「こもれび」さんの近くに菊川坂の入り口があります。ここから石畳の坂を下ります
江戸時代の石畳も残存しています
石畳を下りきって振り返る。500mくらいあったでしょうか

石畳の下り坂を降りると、「間の宿」である菊川に出ます。宿場ではありませんが、宿場と宿場の間に位置していて、休憩所などがあったようです。宿泊は認められていなかったため、旅籠は無かったとか。ここまで歩いてきたなかでは戸塚と藤沢の間の「原宿」とか、小田原と箱根の間の「畑宿」とか、地名に名残が残っているところもあるようです。

間の宿の先には東海道の難所のひとつ「小夜の中山」の坂が待っています。しかし小夜の中やに向かうルートが工事のため寸断されていることがわかりました。仕方なく迂回路を通りましたが、工事完了後に再度訪れなければなりません。ここを再訪するのは面倒だ……。

旧東海道は工事中のため通れません。菊川神社の南側へ迂回します

その小夜の中山ですが、さすがに難所と言われるだけあって急な坂道が長く続きます。1kmくらい上り続けたでしょうか。ただし坂道とはいえ、箱根の難所とは違って舗装されているので筆者にとっては歩きやすく感じました。ただ、同行者には相当きつかった模様で、これ以上遅く歩けないレベルのスピードに落ちました。坂を上りきったところでGPSウォッチで確認すると、ここまで約1時間かかって1.75kmしか進んでいない(笑)。時速2km以下です……。今日の予定(掛川まで歩く)が危ぶまれる状況です。大丈夫だろうか…。

迂回路として作られた道から小夜の中山方面を見上げる。いまひとつ坂道感が伝わらない写真ですが…
前の写真よりは坂道感が出ている気がしますが…
坂を上りきったあたりからの景色は最高です
歌碑や句碑がたくさんありました

坂の上で唯一営業していたお店(扇屋さん)でひと休みしました。一休みと言っても店頭で店主の女性と雑談しただけで、腰掛けるような場所はありません。何も買わずに出て行くのも申し訳ないので水飴を購入しました。暑さで溶けて流れてしまいそうでしたが、美味しい水飴でした。甘すぎないところが高ポイントです。ここには多くの飴屋が軒を連ねていたそうですが、現存しているのはこのお店だけです。

扇屋さんの店頭
水飴をいただきました。甘すぎず美味しい水飴です

扇屋さんを出て一里塚の跡や歌碑が多く並ぶエリアを過ぎると、今度は急な下り坂になります。両側を樹木に囲まれていて日差しが遮られていて、涼しく感じました。ただ、かなり急な下り坂で、靴の中で指が壁に当たってしまいます。こういう場所では小刻みにジグザグに歩き、痛みを回避します(谷川真理作戦)。

佐夜鹿の一里塚
ときどきこのような道案内があります
おそらく昔通りの道幅で両サイドは茶畑
と思っているうちに下り坂が始まります
先の方の下りが急なのが伝わるだろうか?
下り坂の終わりが見えてきました

坂を下りきって国道1号の高架をくぐり、県道を渡ったところが日坂宿です。東海道のなかでも小さな宿場だったとか。旅籠の跡が整備されていて、自由に中を見学できるようになっていました(立ち寄らず通過しました)。建物にはみな屋号が掲示されているようでした。そういう習慣なのでしょうか。そろそろ休憩を兼ねて冷たいものでも飲みたかったのですが、そういうお店が見つからないまま宿場のエリアを出てしまいました。唯一の休憩候補だったキッシュのお店は、店内を覗いてみましたが、冷たいものを飲めるのかどうかもわからず、店員さんも他のお客さんの接客で忙しそうだったので、そのまま退出してしまいました。お邪魔してすみませんでした。結局、ガソリンスタンドの自販機でコーラを買ってがぶ飲み(笑)。ちなみにアクエリアスのボタンを押したつもりでした。押し間違ったかな……。宿場を出るあたりには大きな神社がありました。専任八幡宮という神社です。「専任」は「ことのまま」と読むとか。これは難読ですね。

53次のなかでも知らない地名がいくつかありました。日坂宿はそのひとつです
江戸時代の建物が現存しているようです

ここからは道が平坦になりました。夕方に近くなり、少し気温が下がってきたこともあって、コーラのあとは順調に進み始めました。序盤の遅れを取り戻すように1kmあたり15~20分くらいで進んでいきます。途中、道の反対側にファミリーマートがありました。今日諏訪原城を出発してから初めてのコンビニです。立ち寄って飲み物を補給しました。イートインコーナーがあればよかったのに。

伊達方の一里塚

比較的平坦な道を歩き続け、17時頃に掛川宿のエリアに入りました。そろそろ先が見えてきたところで掛川名物「東海道七曲」に差し掛かります。掛川城の防御のためと言われていますが、旧東海道はくねくねと左折・右折を繰り返して、最後は元来た道の延長線に戻ります。説明や予備知識が無かったらただの住宅街にしか見えない道でした。

ここから「七曲」が始まり、左折・右折を繰り返します
ごく普通の住宅街です
「七曲」の説明板

七曲を過ぎると「連雀商店街」に出ます。そのまま進み、「連雀西」の交差点で終了としました。17時30分くらいでした。歩行時間はトータル5時間くらいで、ほぼ予定通りでした。小夜の中山付近では時速2km以下だったこともあって正直言って先が心配でしたが、明るいうちに掛川に着いたので結果オーライです。

「連雀西」交差点で終了します

今日は掛川で一泊して明日は袋井宿、見附宿を過ぎて磐田駅まで歩きます。掛川駅近くの予約していたホテルにチェックイン。通常であればビールを飲みに出かけるところですが、その前に電車で金谷に戻って荷物を取ってくる必要があります。再び掛川に着いたのは18時半でした。効率よく荷物を取りに行けてよかった。電車の待ち時間がほとんどなかったためです。ホテルに荷物を置いて、改めてビールと夕食へ。ホテル近くの「ろばた憩」さんでした。

お疲れさまでした!(ろばた憩さんにて)