この日は昨年12月以来、約3か月ぶりの旧東海道ウォークです。この土日は天気予報がそれほどよくなく、行程が心配な状況でした。予報によればこの日は終日くもり。翌日曜日は雨ということでした。日曜日は雨を覚悟の行程です。
今回は12月に到達した藤川宿西棒鼻からスタートします。名鉄の藤川駅のすぐ近くです。ということで、朝の新幹線で豊橋へ移動。名鉄に乗り換えて藤川へ向かい、10時少し前に到着。藤川宿西棒鼻を10時過ぎに出発しました。この時点で天候はくもりです。
出発してすぐに藤川の一里塚跡の看板がありました。ここには塚の痕跡は無いようです。そのまま街道らしい雰囲気の松並木を進んでいきます。やがて現代の国道1号に合流後、再び分離して旧街道を進むなど複雑な経路になります。ところどころ信号も横断歩道も無い交差点を直進しなければならない場所があり、こういうところは最寄りの横断歩道(国道1号)に迂回しました。余計な時間を取られてしまうのが残念です。旧街道にはときどき「東海道」の標柱などが設置されていて、間違わずに進んでいることがわかります。
街道が川(乙川)に突き当たり、いったん途切れます。ここは近くを通る国道1号の橋を渡るしかありません。橋を渡りきったら再び街道の続きを歩きます。すぐに国道1号に合流しますが、ここは1号を横断歩道で渡って反対側に渡ります。この先に大平の一里塚があります。ここは片側だけですが塚が保存されています(木は植え替えたものとのこと)。
国道1号にいったん戻り、岡崎インターをくぐるように超えると「岡崎インター前」の大きい交差点に出ます。ここでいったんウォーキングを休止してランチタイムとしました。道路の反対側にあるマクドナルドに入店しました。ウォーキングをしているとジャンキーな食事をしたくなり、これまでもマックがあれば入ろうと思っていたことがありましたが、なかなか巡りあえずにいました。今回、ちょうどお昼時にマックに出会えました。企画商品と思われる「炙り醬油風肉厚ビーフバーガー」をいただきました。マックも高くなったなという印象です。
食事後は再び先ほどの交差点に戻り、再開しました。少しずつ空が怪しくなってきている気がしました。天気予報を見ると夕方には雨が降り始める予報に変わっています。雨が降る前にできるだけ進んでおきたい。気持ちを入れ替えて午後の部に臨みました。
再開後してすぐに岡崎宿の「二十七曲り」のオブジェがある場所に出ます。岡崎城の城下町であるこのエリアは街道が右折・左折を繰り返して敷かれていて、「岡崎の二十七曲り」と呼ばれています。おそらく二十七は曲がる回数が多いことを示す表現で、実際に27回曲がるわけではないと思います。また、時代によって経路が変わっている場所もありそうです。
主立った曲がり角には「い」からいろは順に標柱が設置されていて、経路を示しています。標柱にはわらじのオブジェが乗っています。「い」から順番に写真を撮りながら進んでいきました。この途中で雨が降り始め、やがて傘が必要なレベルの雨になってしまいました。ここからこの日の目的地である池鯉鮒宿まではまだかなりの距離があります(溜め息・・・)。
曲がり角を示す標柱ですが、やがて曲がり角ではなく経路上に表示された看板に変わり、標識に添えられた板に変わり、最後にはカーブミラーに貼られたシールになっていきました。予算が尽きてきたのでしょうか(笑)。最後は「れ」で終了しました。このあたりは八丁味噌(岡崎が発祥)の蔵が何軒があるようです。雨が強く、ゆっくり見ていられる状態ではありません。
矢作川をまたぐ矢作橋に差し掛かりました。ここは現代の国道としてかけられている橋を渡るわけですが、ここは、この日いちばんの難所でした。橋の上は往々にして風が強い。このため正面から雨を受けるように渡ることになります。修行のような区間でした。橋の上ではよく写真を撮るものですが、そんな余裕は無く、傘が飛ばされないように注意しながら歩くのに精一杯でした。車道にはクルマがビュンビュン通っています。こんな環境で歩いている歩行者を不思議に見ていたことと思います。矢作橋を渡り終わったら橋の下をくぐって国道の進行方向右側に伸びる旧東海道を進みます。そんなわけでここは写真を撮る余裕もありませんでした。
すぐに矢作の一里塚があるはずですが、塚も跡地の表示も見つかりません。進んだり戻ったりしながら探しましたが見つかりません。雨で無ければもう少し深追いするところですが、諦めて先に進むことにしました(後日の情報では特に形跡は無いようです)。やがて国道1号に合流します。雨が強いので休憩できそうな喫茶店やファストフードなどがあれば立ち寄りたいところですが、そんな都合のよいお店はありません。コンビニすら見当たらない状況です。
国道1号を進む際に、GoogleMapでは少しだけメインのルートの1本右側を通ることになっている区間がありました。どんな道路状況かわからなかったので注意しながら進んだのですが、何のことはなく、歩道が少し膨らむように敷かれているだけでした。膨らんでいる理由は定かではありませんが、駐車スペースか何かなのでしょう。歩道を歩いていれば普通にトレースできます。
やがて旧東海道は国道から分離します(尾崎東交差点)。最初は片側1車線ずつあり、松並木の歩道がしっかりある道路でしたが、やがて歩道がなくなり、センターラインを引けない程度の道幅になってきました。雨が降る中、歩道のない道路は歩きにくいものです。
地図上には喫茶店がありそうなので、そこを目指していたのですが、店舗らしき建物が見つからず、断念。あとからGoogleMapを見ると看板が写っています。見た記憶が無いので、おそらく見逃したのでしょう。
その近くの熊野神社の脇に公衆トイレがあったので利用しました。少しだけ雨を避けられるベンチがあったので、ここでリュックから衣服を1枚取り出して、着用しました。少し薄着過ぎて、体が冷えていました。1枚加えることでかなり暖かく感じます。もっと早く着ればよかったのですが、なかなかリュックを下ろせるような場所すらなかったのです…。熊野神社の前には一里塚跡(尾崎の一里塚)もありました。
喫茶店等の休憩は諦めて、本日の目的地、池鯉鮒宿を目指します。明るいうちに着きたいところですが、雨のためなかなか思うような歩き方ができません。お寺に立派な松の木がありました(永安寺の雲龍の松)。雨なので写真は少なめですが、撮影したくなる松でした。その先には明治川神社という大きな神社も見えました。他にも神社・寺院などを撮影しながら、雨のなかを進んでいきます。
いつの間にか知立市に入っていたようです。マンホールの図柄が変わったことで、自治体が変わったことに気づきました。来迎寺の一里塚に差し掛かりました。ここは左右両側に塚が残っています。すばらしい。ただ、進行方向右側の塚(北塚)は建物の背面になってしまっていて、江戸から京に向かう場合は見落とすような気がします。
歩道橋をわたり、松並木のなかを進みます。少し薄暗くなってきました。知立駅近くを目指します。
松並木の先、御林の交差点では国道1号を横断する必要があるのですが、地下道の存在に気づかず、少し離れた歩道橋に迂回してしまいました。迂回後のことですが、雨を避けて地図を見たいと思い、屋根のあるところを見つけました。それが地下道の入り口だったというオチ。たしかに国道の反対側にも入り口があるのが見えます(笑)。さっきそのすぐ近くまで行っていました。これはショック…。旧東海道に最も近いルートをトレースできていないことになりますが、地下道に気づかなかったのだから仕方ないと思うことにします。
ここを過ぎると池鯉鮒宿は、すぐ近くになります。ほぼ七差路の中町交差点を過ぎ、本町公園前の交差点に出ました。ここに宿場の案内図があったので、この日はここで終了とします(18時30分過ぎ)。約25kmの行程でした。
ここは予約していたホテルに近いので、すぐにチェックイン。ひと休みしてから食事に出ましたが、雨のためウロウロせずにホテルのすぐ近くのお店にしました。食事後はコンビニに立ち寄り、寝酒を購入。ホテルに帰還後、風呂に浸かって身体を温め、寝酒を飲んで早めに就寝。翌日に備えました。
今回の反省点です。普通のウォーキング用のスニーカーに通常のソックスを履いてしまったため、雨で水分を含んだ靴のなかで足の指がこすれて、指に水泡状のマメができてしまいました。雨対策に失敗しました。ランニング大会参加の際にはしっかり対策しているので、ここ数年にわたって天候に関わらずマメができたことはありません。雨のウォーキングを甘く見ていました。
なお、寝る前に濡れた靴に新聞紙を詰めて、寝ている間に乾かす作戦を実行しました。新聞紙はホテルフロントで無料で配っているものを利用させていただきました。紙の新聞はこういうときに役に立ちます。





































