旧東海道ウォーク(32) 水口宿~草津宿

前日に続いて旧東海道ウォークの続きです。一泊二日の2日目です。水口宿から草津宿まで歩きました。

宿泊地の草津で軽く朝ランからスタートしました。ホテルで朝食を取り、開始地点(前日の終了地点)に向かって出発。JRで草津駅から貴生川駅へ。ここから近江鉄道に乗り継ぐつもりでしたが、近江鉄道の乗り継ぎが悪く、1時間以上待つことになってしまいました(事前に時刻表を調べなかった自分が悪い)。途方に暮れたのですが、前回貴生川からバスで土山へ向かった際に路線バスを利用したことを思い出しました。水口方面も路線バスでアクセスできるかもしれないと思い、調べてみたところ、ありました。

ということで、貴生川駅前から路線バスで水口へ向かい、午前10時に前日の終了地点である水口石橋駅近くのからくり時計に到着しました。このからくり時計は定期的に演出が始まるようで、ちょうど午前10時の演出が始まったところでした。これはラッキーだと思うことにします。

ということで10時過ぎ、水口宿をスタートしました。今回は石部宿を通り、草津宿を目標にします。草津駅のコインロッカーに荷物を置いたので、効率良く帰途につくことができます。ただし、草津宿までは20km以上の距離があり、気温も上がりそうなので、体力次第です。

出発してすぐに街道は何回か直角に曲がります。曲尺手なのかもしれません。神社の一角に一里塚跡の標柱がありました。ここは「林口の一里塚」、「水口の一里塚」などの名称で呼ばれているようです。江戸(日本橋)から数えて113番目の一里塚になります。

水口石橋駅近くの石橋をスタートします
何度かの右折・左折を繰り返します
心光寺
飛び出し大井子さん
水口石
百間長屋跡
五十鈴神社
林口の一里塚跡

水口宿を離れて田園風景に変わったころ、京都から横浜へ向かって歩いているという人とすれ違いました。同じような空気感を持つ人は何となくわかるもので、すれ違ったあとに気になって振り返って見ると、背中に「京都から横浜へ歩き旅」のようなことが書かれていたのでした。声をかけさせていただき、筆者は逆に関東から少しずつ歩いてここまで来たことなどを少しお話しした後、お互いの旅の安全を願って別れました。今ごろどこを歩いているでしょう?

柏木神社の鳥居。神社自体はかなり奥の方です。
宿場はこんな感じですが…
田園風景に変わります。松並木があったとは思えない雰囲気です。
田園風景から街道風景に戻りました

前日からそうですが、滋賀県の特徴としてあちこちに「飛び出し坊や」とそのバリエーションが見られます。飛び出し坊や発祥の地だからなのだと思います。この日の行程でもいろいろな種類が見られました。

街道を進んでいくと橋(舞込橋)の手前に目印があって、旧東海道はこの橋をわたって進んでいきます。橋の先に「泉の一里塚」跡があったはずですが、気づかずに通過してしまいました。歩いている際に参照しているGoogleMapのマイマップに一里塚の目印を立てているのですが、ここではマイマップを参照していませんでした。痛恨のミスです。帰宅後にストリートビューで確認すると、しっかり塚っぽく土が盛られ、復元されています。ただ、元々塚があった場所とは少しずれて復元されたようです。

案内に従って橋をわたって進みます
お旅所とは祭礼のときなどに一時的に神様が遷座される場所とのこと

この先で旧東海道は野洲川にぶつかります。ここも松尾川と同様に昔は渡しがあったようです。川岸には常夜灯が残されています。ここは現代の道で迂回するしかありません。割と大掛かりに迂回することになり、その途中に湖南市に入りました。迂回した先にも常夜灯がありました。横田の渡しの対岸まで行ってみる必要があったのかもしれませんが、対になっている常夜灯を見たことで満足です。

東海道横田渡の説明板
常夜灯が現存しています
横田渡の説明板
迂回中に湖南市に入ります
旅の途中でカインズ様やベイシア様に出会うと深々と拝礼したくなります
迂回後、対岸の常夜灯に着きました
常夜灯の説明板。元々は150mほど上流にあったようです

迂回した先はJR三雲駅の近くで、ランチ営業中の寿司屋さんが目に入りました。ちょうどよい時間でもあるのでここでお昼にしました。冷たいうどんといなり寿司のセット。この日も美味しいランチになりました。(すしふじさん

今日も美味しいランチにめぐり逢いました(すしふじさん)

お昼のあと、午後の部は13時頃に再開しました。徐々に気温が上がってきて、水分をこまめに補給したいところでしたが、手持ちの水分が十分でなかったのが今回の反省点です。足りなくなったら自販機で買えばいいかと思っていたのですが、環境保全のためか、そもそも人が歩かないので不要なためか、街道沿いに自販機が見つかりません。頼りの綱のコンビニも旧街道にはありません。

旧東海道の目印があって助かります
こちらも同様の目印がありました
常夜灯

困りながら歩いていると、トンネルが目の前に現れました。旧東海道はこのトンネルを抜けるのですが、トンネルの上を通っているのは道路でも線路でもなく天井川(大沙川)です。川の流れにのって堆積した土砂により川床が徐々に高くなり、周囲の土地より高いところを流れるという自然現象です。往時の旧東海道にはトンネルは無く、天井川の土手を上り、浅瀬などを選んで自らの足で川を渡っていたそうです。峠とはまた違った意味で難所と言えそうです。実はこの先にももう一か所、天井川をくぐるトンネルがあったのですが、こちらは無意識に通り過ぎてしまったようです。こちらは説明板などが無かった気がします。

トンネルの説明板
トンネル。上が天井川とは…
弘法杉の説明板
これが現物だと思います
トンネル近くには三雲城址の説明板もありました

夏見郷というエリアを進んでいくと「夏見の一里塚」跡がありました。江戸から数えて115里目の一里塚です。

夏見の里の説明板
いかにも街道だった雰囲気の道です
夏見案内図
夏見一里塚跡

ついに所持している水分が切れてしまいました。何とか水分を補充(購入)したいのですが、先に書いた通り自販機やコンビニは見当たりません。「おやすみ処」と書かれたお店を見つけましたが、この日は営業していませんでした。その先でようやく見つけた自販機はオアシスのようで、遠くから自販機の赤い背中が見えたときはとても嬉しく感じました。ここで休憩して缶のコーラを飲み干し、さらにペットボトルのお茶を購入しました。これでしばらくは大丈夫でしょう。

お休み処は営業していなかった…
針文五郎 顕彰碑の説明板
高木陣屋跡
石部宿の町並み
オアシスのような自販機

石部宿の看板が見られるようになってきました。水口宿を出発してようやく次の石部宿のエリアに入ってきました。石部宿には親切な説明板が多数ありますが、逆に情報量が多すぎて、頭に残ってくれなかった気がします。高気温の影響で脳が疲れていたのかもしれません。「いしべ宿驛」という観光案内兼休憩施設のような建物がありました。ここでトイレを借りようと思いましたが、鍵がかかっていて使用できず、少し残念です。

石部宿の看板が見られるようになりました
天気が良すぎて辛い……
飛び出し理容師さん
宿場のモニュメント
高札場跡、石部城跡の説明板
安民米倉庫跡、お半・長右衛門の説明板
三大寺本陣跡、長壽寺の説明板
広重の絵と芭蕉の句もあります
長壽寺(東寺)と常楽寺(西寺)の説明板
石部町の説明。ここまでの6枚の写真は全部同じ場所に設置されている説明板です。さすがに情報量多すぎ……
問屋場跡、常磐館跡の説明板
いしべ宿驛
石部本陣跡

石部宿の途中で旧東海道は右折するのですが、右折する正面に田楽茶屋というお店(飲食店)がありました。食事やお茶を飲みながら休憩できそうなお店です。ここにも特徴的な飛び出し君が(笑)。説明板によると、田楽茶屋は広重の絵にも石部宿の象徴として描かれているそうです。町制100年を記念して再現したお店のようです。

田楽茶屋の前で右折。旅姿の飛び出しくんとタヌキの飛び出しくん!
田楽茶屋の説明板

田楽茶屋前を右折後、旧東海道はすぐに左折します。その先に石部の一里塚跡がありました。116番目の一里塚です。そして西見附跡があり、宿場はこのあたりまでということになります。

左折場所に目印がありました
石部一里塚跡。日本橋から116里の一里塚です
石部宿西縄手跡
五軒茶屋道と古道の説明板

時刻は16時近くになってきました。草津宿まで明るいうちに到着できるかどうか、不安になってきました。先を急ぎます。少し複雑な道路構成になっていますが、現代の国道1号バイパスの下をくぐって進みます。工場(作業場)のような敷地の前に自販機があったので再び飲料を購入しました。これだけ暑いと自販機の存在は助かります。

右を見ると特徴的な山の姿が見えました。近江富士と呼ばれている三上山です。近江富士の句碑もありました。平らな土地の向こうに見える山なので、存在感があります。このあたりでは旧東海道はJR(草津線)の線路に沿って進んでいきます。路肩に空き缶などのゴミが多いのが気になりました。なぜでしょう? 誰も見ていないからとか思ってしまうのでしょうか。

JR草津線に沿って進みます。朝このあたりを通過していたはず
近江富士がよく見えます
徳生寺
近江富士が出てくる句碑
これは漢詩なんだろうか? 知識が追いついていません…
史跡 旧和中散本舗。江戸時代から胃薬を販売していた旧家とのこと

徐々にJRの線路から離れて進んでいくと、六地蔵の一里塚がありました。117番目の一里塚になります。Y字路の安全地帯のような場所でした。旧東海道はY字路を右方向に進みます。

六地蔵の一里塚

進行方向右側に「肩かえの松」という松の木がありました。説明によると旅人が松の木の下で休憩をとり、荷物を担ぐ肩を変えたことに由来するようです。樹齢にして200年とか。

肩かえの松
肩かえの松
手原醤油顕彰碑
赤坂山記念碑。赤坂神社の境内にあたる場所に赤坂塚(赤坂城)があって、その記念に建てられたらしい
18時近くになって日が傾いてきました

進路を南西方向に変えて進んでいくと、一見してわかりませんがため池の脇を進みます。利水のためだと思いますが、このあたりはため池が多いようです。自治体はため池が震災で崩れた場合に備えてハザードマップも用意しているようです。

川辺と書いて「かわずら」と読む交差点を過ぎると突き当たりに出ます。道標があって、東海道と石部方面に抜ける「中郡街道」の分岐点なのですが、道標の東海道(草津方面)に中山道と書かれているのが不思議です。たしかにいずれ中山道と合流するのですが、それはまだ先の話です。

突き当りに道標

突き当たりを進むと旧東海道が左にカーブした先に目川の一里塚跡があります。118番目の一里塚で、この日としては最後の一里塚になります。

目川の一里塚

「田楽発祥の地」などの興味深い説明版もありましたが、深追いせずに先を急ぎました。「田楽茶屋」のところで右にカーブして、新幹線の高架をくぐるとついに草津市に入ります。先が見えてきました。

田楽発祥の地
目川田楽 古志まや跡
「旧跡 人吉藩相良候御対面所跡 山本家」史実が書いてあるのだと思いますが詳細不明です
新幹線の高架下をくぐって進みます
栗東市から草津市へ

先ほど右にカーブした地点あたりからは元々は草津川の右岸だったようです。草津川はいわゆる天井川で、治水に苦労していたことや市街地を分断している面もあったことから、大規模な工事が施されて流路を変更したそうです(2002年)。旧河川の流路は公園として整備されるなど開発が進んでいます。

旧草津川に沿うように進んでいくと、途中で分岐して土手に上がる道があります。旧東海道はこの土手を上ります。おそらくこの高さが旧草津川だったのだと思います。そのまま進むと進行方向に進む橋(草津宿橋)がかけられていますが、下は国道1号が走っていて、端は国道1号を渡ります。ここが草津川の流路だったときは国道1号は天井川の下を通るトンネルだったそうです。「第2草津川トンネル」の銘板が展示されていました。

ここから土手を上ります
第二草津川トンネルの銘板。草津川の流路が変わり、トンネルの役割を終えました
天井川と国道(トンネル)の関係が説明されています

橋の先で突き当りを左へ進みます(案内板があります)。これで旧草津川の対岸(左岸)に出たことになります。ここで疑問に思ったのが、旧東海道の時代、旅人は旧草津川の両岸をどうやって移動していたか。後日AIさんに聞いてみたところ、渡しだったり土手にかけられた橋(おそらく簡易的な橋)だったりしたようです。それほどの水量ではなかったのかもしれません。とはいえ、東海道のなかでも難所だったようです。

橋を渡って先に進みます
看板に従って右にカーブして進みます

緩やかに右にカーブしながら進んでいくとここが宿場(草津宿)の入り口になります。「江戸口見附」があったはずですが、工事中のエリアに重なっていて気づきませんでした。

旧草津川周辺は現在も工事が進行中です。工事が終わったら再度、旧東海道に最も近いルートをトレースするべきなのかもしれませんが、草津川の渡しの場所が定かではないので、あまり意味が無さそうです。

草津宿に入りました。まだギリギリ明るい

草津宿追分道標に到着しました。ここは京都方面から見ると東海道と中山道が分岐する追分になります。本日はここまでとします。かろうじて明るい時間に到着できました。時刻は19時20分くらいでした。この季節でなかったら明るい時間とはいえないでしょう。日の長さに助けられました。次の出発地を考えると今回は何としても草津宿まで到達したかったので、目標達成です。

草津宿追分道標。ここで終了です。時刻は19時18分。
中山道との分岐点であることがわかります(マンホール蓋)

当初予約していた新幹線は20時に米原を出発する「ひかり」でしたが、途中でこれには間に合わないと思い、1時間後に予約を変更していました。スマホのアプリで簡単に変更できるのは助かります。草津駅でお土産や名物の「うばが餅」を購入しました。米原に着いてから売店(セブンイレブン)でビールとおにぎりを購入。今回も無事に歩けたことに感謝して帰途につきました。

新幹線の友(ビールとおにぎり)
デザートは草津名物の「うばが餅」

これで次は草津宿から大津宿を経て最終的な目的地である京都・三条大橋を目指すことになります。1泊2日で何とかなると思います。がんばれば1日で行けそうな気もしますが、ここは無理のない範囲で(笑)。